世の中にはあってはならないこと、なんて言うものがある。 たとえば、物語のように船が嵐にあっている最中突然嵐が去ってしまって落ち着かなくなる状況や、強盗が押しかけている最中に強盗の携帯に電話が入り帰ってしまうなんて言う間抜けぶり。 あとは……………考えたくは無いが英雄の話に別な英雄が介入するなんて言う非常識。 たった一人でかんばる英雄にこれ見よがしに別な英雄が入ってくるなどという言語道断ぶりは許せるものではない。 さて、そんな非常識ぶりをも意に反さない状況、もし出来たとしたら――――――――― 志貴と士郎の恋人は…………… 「おはようございます、志貴様」 翡翠の声で目がさめた、もう何百回と繰り返してきたこの光景も今ではなくてはならない一つになっていた。 「おはよう」 やや気だるそうに俺は体を起こす、そうしてベッドの隣で様子を覗っている翡翠を見た。 「いかがされましたか？」 「いや、翡翠は元気だなって」 「はあ」 理解に苦しい答え、俺は頭を掻いた。 「いや、昨日アレだけの事をしたのに翡翠は元気だなって思ってね」 「あ―――――」 そういうと、途端に翡翠が赤くなった。 いや、その反応は嬉しいけど今は不必要な部分まで反応しかねないので目を逸らした。 「いえ、その志貴様を起こすのは私の役割ですし……」 しどろもどろに翡翠は言う、そんな役割ここでは無意味だと言うのに。 「でも翡翠、この別荘には俺達しか居ないからあまり意味は無いと思うけど」 「いえ、それでも志貴様は私が起こします。そうでなければなりません」 強く言ってお辞儀をした。朝食の準備に言ったのだろう。 棚の上の着替えを取る、いつもと違うベッドから起き上がると俺は着替え始めた。 はじめに言うとここは遠野の屋敷とは違う、いや意味合い的には遠野の屋敷なのだが細かく言えば別荘のようなものだった。 きっかけは琥珀さんだった。 晴れて翡翠と中を取り持った俺だがやはり翡翠の料理を食べてみたい、というわけで琥珀さんがもう特訓をしてくれたらしい。 琥珀さん曰く「翡翠ちゃんすごくお料理が上手になったんですよ」、というわけで早速俺は翡翠に料理を作ってもらおうと思ったのだが。 なぜか家の外にリムジン、強制的に乗せられたかと思ったらヘッドホンとアイマスクをつけられて揺られる事三時間。 この別荘に到着していた。 『翡翠ちゃんの料理を食べるのも良いですけど、それだけだと味気ないのでお二人の将来を考えて一週間ばかりそちらで生活なさってはどうでしょう？帰ってきた頃には準備万端な状態でしょうね。大丈夫です、秋葉様はスケジュールを操作しましたので一ヶ月ばかり帰って来れないと思います。でわでわ』 などと車の上のレコーダーからそんな声が聞こえてきた。 いっぱい食わされた、そう思ったときにはもう遅い。 この密林にぽつんとたった別荘で俺と翡翠は二日目の朝を迎えていた。 まあ翡翠の手料理が食べれるのであれば願ったり叶ったりと言えよう。 ちなみに昨日は俺が翡翠を料理した？ ま、それは置いておこう。 「さて、行きますか」 この別荘、遠野の系列とは思えないほど一般的な一軒家だった。例えるのであれば新婚さんが望むような理想の家、琥珀さんの言いたいことは判るけどいくらなんでも早すぎるだろう。 「俺、いまだ高校三年生だよ」 などと言ってもすでに二日目、こうなれば新婚シュミレーションを存分に味わってやろうと燃えている遠野志貴であった、まる。 「遅れてごめん、すこし考えていたから」 「いえ、朝食も今出来た所です、座って下さい」 言われるがまま俺は翡翠が引いた椅子に座った。 「翡翠も座ってくれ」 「はい」 ここは遠野の屋敷とは違う、琥珀さんもそうだと思うけどここでは俺と翡翠に上下関係はない、互いに向かい合って食事を取るのが当たり前だ。 「いただきます」 「どうぞ」 と、言われて朝食に手をつけた。基本的に和食好きなのだが翡翠は養殖を覚えたらしい。所謂目玉焼きとか、グラタンとか。 当初はかなり申し訳無さそうに俺に誤っていたのだが一生懸命な翡翠に心打たれてそんな事はどうでもよくなった。俺の為に料理を覚えてくれた事、その事実だけで十分だ。 まあ、教えたのが琥珀さんだから妙に陰謀めいているがそれは無視した。 「うん、おいしいよ」 一口食べて感想を言った、実際はまだまだだったりする、最初に箸をつけたのは目玉焼きなのだが表は本当に良く出来た綺麗なもので食欲をそそった。 けれども口に入れれば最初に触れるのは裏側で、物凄く焦げていたりする。 ガンになりそうだがそんなこといえるわけが無い、という訳で翡翠には悪いがこれからもう精進してくれと言う意味をこめて表面だけの味を評価した感想を伝えた。 「（コクコク）」 翡翠も自分の味に理解が出来たのか、これから先のことを踏まえて頷いている。 断じて自分の料理が美味しいと勘違いしているわけではない、 と思っていてほしいなあ………… 「所で翡翠、昨日から気になっていたんだけど」 「はい、なんでしょうか？」 「ここって何処なんだろう」 何分、ヘッドホンとアイマスクをつけてつれてこられただけあって回りに何があるのかも判らない。 民家があるのか樹海だけなのか、それだけでも知りたかった。 「それでしたら今朝方姉さんから連絡がありました。ここは冬木という町のようです」 「ふ〜ん、冬木ねえ。ん、どこかで聞いたような………」 箸を置いて考える、冬木、ふゆき、モトフユキ――――はて、最近この名前を家で聞いたような、それも琥珀さんの部屋で……………………って。 「最近までガス漏れ昏睡事件があった町じゃんか！」 がた、と椅子も気にせず立ち上がる。 「お、落ち着いてください志貴様、冬木の町と言ってもここは郊外の森です。危険はないかと」 「あ、なら、いいか。でも近くに民家ぐらいは無いのかな？流石に森と空だけだと」 言った時聞いた事の無い鳥の鳴き声が聞こえてきた。 「はあ…………」 「一軒ほど、無い事も」 「え、あるの？」 「はい、しかし大きめの洋館ですが」 なんだ、そんな物見慣れている、何せ我が家がその洋館なんだから。 「見に行ってみようかな」 「あ、それなら電話と一緒にFAXで写真も送られてきました」 と、翡翠は一枚の紙を渡してきた。なんか泥棒に入る前の下準備のようだ。 で、写真は―――――――― 「って、城じゃん！」 また椅子を気にせず立ち上がった。 写っていたのは洋館と言うにはおこがましいほどお貴族様のお城だったりする。 「なんて、非常識な」 「行きますか？」 「いや、止めておこう。郊外なら街もあるだろうからさ、散歩がてら行こうか翡翠」 「はい」 と、朝の光景に相応しいような会話が出来た。 さて、出かけるとなると問題は服装である、俺は問題は無い。何分少し前までは普通の高校生だったのだから。 けれど翡翠は違う、小さい頃から教えを受けた根っからのメイドさんなのだ。恥ずかしながらメイド服以外の服装をまったく見たことが無い遠野志貴、今回もあの格好で出かけるのだなと腹をくくった瞬間別荘のドアが開く。 「お待たせしました志貴様、準備がすこし」 と、いつもの口調で俺の元へ来た翡翠。 「………………」 「志貴様？」 と、不思議そうに俺を見つめる、多分俺はかなり間抜けな顔をしていただろう。 「志貴様、頭の上で『よさこい』が踊っていますが、どされました？」 よさこいとは、まあお祭りの名前だ。それよりも俺は翡翠の格好に不意打ちを受けていた。 翡翠は何処から取り出したのか白のワンピースと手には可愛らしい小さなバッグを持っていた。 シンプルイズベスト！ 「志貴様――――」 「よし！」 と、つい大声でガッツポーズをとってしまった。驚く翡翠の手をとって俺は昨日から止まっている車に乗り込んだ。 片道一時間、やっとこさ冬木の町まで来れた。 車は帰りも必要なので待たせてある。 「う〜ん、とは言ったものの何処へ行こうか」 「あの、志貴様」 と、後ろから控えめな声が聞こえてきた。 「翡翠は何処がいい？」 「はい、志貴様の行きたい所へ」 にこり、と笑顔を向けられた。 なんか、妙な気分になってしまった、買い物やめてホテルにでも―――――いかん、何考えているんだ俺は。 「そうだな、散歩がてら気になる店があったら入ろうか」 「はい、そうしましょう」 我ながら取るに足らない考えだと思ったが翡翠が喜んでいるようなので二人で歩き出した。 どうやらここは商店街らしく軒を並べる店が一直線に並んでいた。 それが不服と言えば違った、どちらかと言えば都会に染められる喧騒よりもこう言った人の感情が表面化している街並みの方が俺にあっている。 翡翠も退屈な素振りを見せない所を見ると俺と同じらしい。 「何か気に入ったものがあった？」 「少し、ですが志貴様の手を煩わせる事は」 まだ言っている、俺は溜息一つして翡翠の口元に人差し指を置いた。 「こら、それは無しだろう。主従関係はないんだから」 「……あ、申し訳ありませんでした、志貴―――――――」 「それと、ここでは「様」付けも無し、何だかよそよそしくて面白くない」 我ながら拗ねた子供のようだ、けれど身近な存在の人に他人呼ばわりされる事ほど傷つく事は無い、俺は翡翠に普通に呼ばれたい。 「あの、ではなんとお呼びすれば」 「普通に、志貴でいいよ。その方が自然だ」 「―――――――」 なぜにそこで頬を赤らめる、まるで卑猥な事を強制したみたいで俺が恥ずかしくなってしまう。 「―――――――――貴」 本当に無音の時でしか聞き取れないような小さな声で翡翠は言葉をつむいだ。言いたいことは判ったがあえて聞き返してみる。 「あ、あの、し――――志貴……」 完熟よりも熟した頬で俺を呼び捨てにした、おかしいやはり妙な気分だ、一番自然な対応をさせただけなのに俺が参りそうだった。 「あ、えっ、とそうだ、何か気になった物があったんだよね」 「あ、はい……」 物凄く申し訳無さそうに返事をした。 まあ、可愛いと言えば……カワイイ。 「それで、どれだい」 「あれ、です―――」 と、指差すのはぬいぐるみの山であった、その中の一つに黄色くて黒のしましまの。 「トラの、ぬいぐるみ？」 かなりデフォルメ化されたタイガーがそこにはあった。 「はい、タイガーです、可愛いなと思いまして」 う〜ん、どちらかと言えばそれを言っている翡翠の方が可愛いのだが、極論なので止めておこう。 「じゃ、買ってあげる」 目的の山に向かって歩き出す、翡翠は結構ですなんて言いそうだけど彼氏が彼女に物を買って何が悪い、俺は常識人である。 「これか」 近くで見ると一層ダイガーと言う感じのぬいぐるみだ、こう言う感覚は判らないがまあ可愛いと言う部類には入るのだろう。 なんて考えながら手を伸ばし、タイガーを掴―――― 「よし」 「よし」 む？ 「え？」 「ん？」 手を伸ばしぬいぐるみを掴んだまでは良かったが、ほぼ同時に隣からもう一つの手が伸びてきた。 互いにぬいぐるみの両腕を掴んだまま顔を上げた。 相手も男だった。 「あれ、あんたも、これを？」 「ああ、そうなんだが、まいったな」 互いに手を離し頭を掻いた、俺と同じ目的をもった目の前の彼は特徴的なオレンジ色の髪の毛で長めのシャツとジーパンを履いていた。 いや、それよりも問題はぬいぐるみである。 「これ、ひとつだけだな」 「ああ、現品限りらしい」 まいったな、とまた二人で腕を組んだ。 「あの、し、志貴……」 と、聞きなれない呼ばれ方で振り返る、そうだ翡翠を待たせていたんだ。 「あの、どうされました？」 「いや、どうも同じ目的のひととあっちゃって、困ってるんだ」 「こちらの方ですか」 「そう」 翡翠はオレンジ色の彼を眺めた。 「シロー、まだなのー」 と、そのとき後ろから別な女性の声が、女性と言うよりも女の子と言う方が適しているだろうか、ともかく一際高い声は幼さを連想させた。 「ああ、イリヤごめん。同じ人形を彼も買いたがっているんだ」 「え、目的が重なったの？」 ちょこん、と彼の隣に来たのは白よりも綺麗な銀色がかった髪をした少女であった。背丈で言えばレンよりもやや高めだろうか。 「そうなんだ、どうしようか」 どうやら彼は少女の為にあのぬいぐるみを買い与えようとしていたらしい、多分兄と妹、では無いな、どう見ても少女の方は外人と言う感じがする。 「……志貴、諦めます」 「え？」 と、後ろからまだ名前に慣れていない翡翠の声が。 「いらないのかい？あれ」 「はい、私よりも彼女に渡してください、あれが絶対と言うわけではありませんので」 流石に気持ちの切り替えが早い、けれど半分嘘だな。たぶんだけどあのイリヤって言う娘をみてそう思ったに違いない。 「いいの？」 オレンジ色の彼が聞いた。 「うん、俺は手を引くよ。どうぞ」 そう言って俺は彼にトラのぬいぐるみを渡した。 「ありがとう、良かったなイリヤ」 今度は少女にトラを渡した。 ぬいぐるみを抱いたまま彼女は翡翠のもとへ歩き。 「うん、ありがとう」 なんて、汚れの無い目でお礼を言ってくれた。 なんか、上げた甲斐があったというか、これでよかったと思う。 「所で、二人は御親戚か何かで？」 疑問を少し聞いてみた、当然「何を行き成り」見たいな顔をされてしまう。 「失礼、兄妹には見えなかったから、つい」 「いや、いいよ」 彼は咎める風も無く笑って反してくれた。 と、袖を引っ張られた。 「私たち、兄妹じゃないよ」 うん、それは判る。小さく頷いた。 「私たちは恋人同士なの」 「――――はい？」 首をかしげる俺の横を通って彼の腕にしがみつく少女。 「そう、なのかな？」 「そうなの、シロウは私の彼氏でしょう」 少し拗ねたような顔で少女は言った。 拒否することなく彼も頷いた。 「そう言う事、そちらと同じで恋人同士だ」 はあ、と俺と翡翠。二人で息を吐くしかなかった。 なんとなく親近感の枠二人と一緒に歩いていた。 当然のことながらこの土地の人だったので案内もかねてくれるとのことだった。 「で、ここが新都に向かう大橋。俺の町はここまでだな」 「結構広かったんだな冬木の町は、少し疲れたよ」 元来体力づくりをしていない俺はちょっとした散歩でも疲れるという体たらく、とりあえず近くの椅子に座った。 「案外華奢なんだな遠野は」 自己紹介は既にした、彼は衛宮士朗と言う名前で、その彼女はやはり外国人だった。 えっと、イリヤスフィール……何だったか？ ともかく名前だけはわかった。 「今日は観光に？だとするとこんな田舎は退屈なんじゃ」 「いや、観光じゃないなんだ。ちょっとごちゃごちゃしてて」 ふ〜ん、とそれ以上は興味が無さそうに衛宮は黙った。 「まあ、ごちゃごちゃするは俺も苦手だな。事なかれ主義が一番だ」 翡翠と遊ぶイリヤスフィールを見ながら彼は言った。 「それにしても、衛宮の彼女は随分翡翠が気に入ったらしいな」 追いかけっこじみた事をしながら笑う彼女を見た。 「そうだな、イリヤの家には使用人が居るけど、ああいう風には遊んでくれないんだ」 視線を衛宮に向けた、そうかイリヤスフィールはお嬢様だったのか。 「へえ、お金持ちなんだ？」 確信がもてない俺は尋ねた。 「ああ」 けれど、彼はあまり良い顔はしなかった、質問に不適切さがあっただろうか。 「違うよ遠野、お前の質問に嫌悪を持っているんじゃないんだ」 「なんだ、良かった」 じゃあ、なぜ怒ったような目をしたのだろうか？ 「そうじゃなくてさ、お前も金持ちだろう？」 似たような聞き返しをしてきた。 「そう言う事か、う〜ん一応そう言う部類になるのだけれど」 と、言うか何処でそれを判断したんだ？ 「いや、細かい事は聞かないよ。ただ彼女がお前を呼ぶとき少しぎこちなかったからさ、身内同士かな、て」 「ははは、あたりだ。俺の使用人って言うのかな。でも俺はそれが嫌いで、彼女に自由になってもらいたかったんだ、主従関係無しに」 今となってはかなり前の話だ、それをまるで自分お事の様に彼は聞いてくれた。 「そうか、実はな俺も同じだ。家柄、土地柄、それ以上にきつい状況がイリヤを縛っていたんだ。だから俺は助けたかった、どんなになっても」 「そうか、俺達似たもの同士だな」 「そうだな」 笑いあった、けれどもそんな風景を保っていられるほど俺の目は正常ではない。 どんなに安全地帯にあっても、この目は必ず危険を誘ってくる。 あ！ 遠くでキャッチボールをしていた男兄弟が居た。 片方が大暴騰を投げてしまい兄を飛び越えて真っ直ぐ空を飛んだ。 「まずい―――」 視覚に捕えた時、ボールは既に落下運動に入っていた。 体は死と何度も渡り合ったおかげで敏感に反応してくれた。 翡翠に当たる、それだけは避ける！ 「遠野！」 走り出した俺に衛宮は叫んだ、間に合わないとでも思われただろうか、それは心配ない瞬発力だけだったら自信はある。 メガネを外す、ポケットには鉄の感触、本当に身につけていて正解だった。 「翡翠！」 「あ―――――」 頭痛の中に俺はボールの線を見つけた、けれどこれを殺せばボール遊びをしていた弟が泣くかもしれなかった。正直それは厭だ。 更に心臓を叩き目を凝らす。 「視えた」 ボールの後ろ、勢いとでも表せば良いだろうか、そこに見えるのは一直線にも近い線が三本、けれど視覚外の物を見るということは別な干渉も受けてしまう。 それは重力、物理的干渉と自然的干渉が入り混じり三本の線は百本にも見えた。けれど俺は一瞬の間で三本の線のみ、それら全てを殺すため七夜を振った。 ス―――、とボールの勢いが死んだ、このまま地面に落ち――――― 「あれ？」 俺は、ナイフを振った格好のままボールの異常を見た。 おかしい、確かに殺したのは物理的干渉のみで重力には触れていない、だというのにボールが空中で止まっているのはどう言う事だ。 「イリヤスフィール？」 後ろから別な干渉感じた、頭痛に片目を閉じた、けれどその異常な干渉は見ることができた。ボールを絡めるような網がイリヤスフィールの指先から出ていた、いや普通なら見えない。俺にも線の軌跡が無ければただ彼女が指をボールに向けているようにしか見えないだろう。 「君は、一体」 後ろから、ストン、とボールの落ちる音。それよりも。 「そうだ、翡翠大丈夫か」 「あ、はい。志貴様のおかげで」 流石にこの時ばかりは彼女も言葉を偽る事が出来なかった。 「遠野、大丈夫か？」 「え、ああ一応。それよりも、あれ」 俺は駆けつけた衛宮に不思議な現象の事を聞いた。けれど、彼の声が出る前に、 「ちょっと、あなたも魔術師なの？ナイフが専門なんて聞いた事が無いわ」 イリヤスフィールだった、はて魔術師、って？ 「なんだ、それ？俺はただの学生だけど」 「嘘、あなたがボールに何かしたから重力魔術を発動するのに修正が必要になったのよ、おかげで慌てたわ」 まるで余裕だったかのような目で言った。 とりあえず、メガネをかける。 「衛宮、彼女は何を」 「ああ、俺達は魔術師なんだ」 「はい？それってあの呪文唱えて空飛んだりする？」 「それは魔法、魔術はもっと別よ、って本当に知らないの？」 彼女は頑なに俺が魔術師だと言っている。正直そんな人にあったことは無い、魔法使いは別だけど。 「違う、俺はただボールの勢いを殺しただけだ」 「殺した？それって魔術で逆の方向に力を入れたことだろう」 「違う、そんな器用な真似は出来ないよ。ただ見えるから殺したんだ」 彼は首をかしげた、それは俺がしたいのだが。 「なあ、衛宮とイリヤスフィールはその、魔術師なのか？」 「ああ、そうだけど。驚かないのか」 まあ確かに普通の人間が見れば現実逃避や笑って誤魔化すけど、 「生憎、化け物としか暮らした事が無いから慣れている」 皆が聞いたら殺されそうな台詞だけど簡潔な言葉ってこれしかないんだよな。 「なら好都合だ。混乱されたらどうしようと思ってたよ」 「まあ、いいけど」 それから俺と翡翠は二人が魔術師である事を詳しく聞いた。 なんでも魔法とは違って常識にのっとった法則原理だと言う。 ボールが落ちなかったのはイリヤスフィールが法則にのっとった魔術で重力をゼロにする魔術だったらしい。 つまりは落ちてくる重力と反対に向かう方向に均等に重力を向けてその場に止めるのだが。 俺が勢いを殺したせいで修正が必要になったとか。 でもそれはコンマ1以下の事らしく余り関係が無い。 「なるほど、そう言う事か？そんな人たちも居るんだな」 なんとなく納得できたので頷いてみた。 「じゃあ今度は志貴ね、どうやってあのボールの軌道を消したの、そんな魔術無い事は無いけど法則のねじ曲げなんて事簡単には出来ないわ」 いまだ、俺のことを納得していない彼女は尋問のように聞いてきた。 「う〜ん、はじめに言うけど俺は魔術師でもなければ魔法使いでもないよ」 「じゃあ何よ」 「何って、高校三年生」 「馬鹿にしてるの！？」 と、物凄い剣幕で俺に迫る。 「いや、だから、なんと言うか、視えるんだよ」 「何が」 「線が、それを切ると切られたモノは死ぬんだ」 はい？と訳が判らない二人は首をかしげた。 「………やってみるよ」 なんか、彼女の目がそう言っているからそうした。 メガネを外し、ナイフを取り出す。 とりあえず道に落ちていた石を手に取る。 「………」 「………」 息を飲む二人の横でさくり、と石にナイフを入れる、それだけでも目を見開く二人だったけど見えない線をなぞって石を貫通させたとたん声がもれた。 「こう言うこと」 俺は疲れた声で言った。 「魔眼の、類ね」 「ああ、それだ、誰かに名前を貰ったけど『直死の魔眼』だったかな」 「動作にはピッタリね、概念は理解できないけど、その線は”停止”の意味を持っているのね」 「ふうん、だからさっきもボールの勢いを消せたのか」 納得してくれた所で俺はメガネをかけた。 と、イリヤスフィールは俺を見ている、いや正確にはメガネを。 「そのメガネ、度が入っていないけど何でかけているの」 「ああ、線を見ると頭痛がするんだ、何でも物を壊す線を脳が理解できないから起こるあしいんだけど、その線を見えなくするための大切なものなんだ」 ふ〜ん、とイリヤスフィール。 「魔眼殺し、ね」 「って事は魔術品か」 二人は互いを見ながら何か言った。 「遠野、それは昔から持っていたのか？」 「いや、線が見え始めたのは事故にあってからでそのとき会った人に貰ったんだ」 「ふ〜ん、誰なの？」 「魔法使いとか言っていた、先生って呼んでいたけど名前は確か蒼崎青子だったかな」 と、その場の雰囲気が変わった、なんと言うか驚愕を思わせる空気だった。 「ア、アオザキですって！」 「え、ああ、そう、それがなにか？」 「五大魔法使いの一人じゃないの、ならそれはかなりの代物ね、一般の魔術じゃ破壊できないわ」 物騒な事を隣で言われた、いつぞやのお姫様もこれを壊すなんて言っていたけど、どれほどの物か理解できていたいので俺自身宝の持ち腐れである。 「イリヤ、目が据わっているぞ」 「志貴、貸して」 「いやだ」 ほら来た、こう言うことには慣れているけどメガネを貸すなんて絶対に出来ない、これだけは駄目だ。 「大丈夫よ壊さないから」 「壊すも何も、外したら頭痛がするんだよ」 「目を瞑りなさい」 「無茶言うな、衛宮」 「ごめん、魔術で動きを封じられた」 用意周到な彼女に彼は困った顔をした、尻に引かれているぞお前！ 「ふふふ、さあ観念―――――何？」 と、俺の前に立ちふさがるように翡翠が現れた。 「止めてください、志貴様が嫌がっています」 「あなたには関係ないわ、退きなさい」 「いやです、志貴様は私の大切な人です、退きません」 かなり嬉しい事を大声で言ってくれた、感動で泪がちょちょ切れそうだ。 「ふ〜ん、でも恋人を様付けで呼んでいるなら使用人と主人でしょう、恋人なんて言え無いわ」 ふふん、と胸をはっていった。 まずい、それは翡翠に結構痛いぞ。 「イリヤスフィール、言っていい事と悪い事があるだろう。彼女は俺の恋人だ、馬鹿にするな」 「馬鹿になんてしていないわ、ただ事実を口にしただけよ。相手のいいところを五つ言えるぐらいが最高のカップルなのよ」 と、よく判らないことを彼女は言った、けれどもそれはチャンスである。 「だったら、イリヤスフィールは衛宮のいい所を五つは言えるんだな」 俺は確信に近い言葉を言った、子供を苛めるかもしれないがこれはこれで俺のプライドが許さないのだ。 「え、と、当然じゃない。えっと、やさしいでしょ、強いでしょ、料理は上手でしょ、えっと、笑顔が素敵」 「それは見た目で長所は違う」 う、と彼女は言葉を詰まらせた。 「ええっと、その、シロウ〜」 なんとも情けない声で衛宮に抱きついた。当然即座に術を解いたので彼は動ける。 「はいはい、二人とも詰まらない喧嘩するなよ」 「そう言う志貴はヒスイのいいところ言えるんでしょうね！？」 「もちろん、やさしくておしとやか、気が利いて掃除上手、果ては俺の為に危険を顧みない。今みたいに」 どうだ、と俺は勝ち誇った顔をした。 ならばと、今度は翡翠に目を向けた。 「あなたはどうなの、ちゃんと志貴のいいところ五つは言えるの」 「はい、同じように優しく私のことを思ってくれて、必ず駆けつけてくれます。料理も私が出来ない所は補ってくれますし、何より一緒に居ると安心します」 そこは元俺の使用人、事務的な口調だが簡単に答えてしまった。 俺達の勝ちだ。 「う〜、シロー」 とうとう顔を埋めて彼の前を叫ぶ事に、俺はいじめっ子じゃないぞ。 「大丈夫だから、俺はそんなイリヤが好きだよ」 「本当？」 「ああ、嘘は言わないから」 「うん！」 と、すぐに天使が如く笑った。現金な。 「ふん、愛があれば相手のいい所が言えなくも最強なのよ！」 判ったか、見たいに振り返った。さっきといっていることが変わっているぞ。 「はいはい、ともかくこのメガネは渡さないからな」 「ふんだ、そんなの魔術を使えば二人の動きは封じられるんだから。覚悟しなさい」 と、いつの間にか体が動かなくなっていた。 同じように翡翠も。 「く、最悪な術だなこれ」 「何とでも言えば、興味を持った子供は何処までも走るのよ」 イリヤの手が伸びる、どうも衛宮も同じように動きを封じられているようだ。 「ふふふ」 と、俺の顔に彼女の手が伸びる、これまでかと思った瞬間。 「何してんのよ二人とも！さっさと帰って士郎はご飯作る！」 ぼこん、と行き成り現れた黒髪のツインテールは風の如く二人をさらっていってしまった。 「リン〜、痛いよ〜」 「知るか！」 有無を言わさず消えてしまった。 「はあ、なんだったんだろう」 気づけば体が動く、体を伸ばし息を吐いた。 「そう言えば、結局彼女の名前覚え切れなかったな」 「アインツベルンだそうです、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと」 「ああ、そんな長い名前だったな―――――――はて、アインツベルン？」 どこかで見たような、しかもかなり最近。 「あの郊外の洋館に住んでいるそうです」 「って、あれか！」 思い出した、あのでっかい城、あそこにアインツベルンて書いてあった。 「って、物凄い金持ちやん！」 と、俺は訳もわからず突っ込んでいた。 はあ、こんな事なら外に出るべきではなかったか、いや新しい友達が出来たんだしそれもいいかな。 「ごめんな、何か慌しくて」 「いえ、とても楽しかったです志貴」 と、不意打ちともいえる笑顔で俺の前を読んでくれた、俺はそれに満足な笑顔を向けたに違いない。 と、そう言えば何かを忘れているような。 「お二人とも、いつ帰ってくるのでしょうか」 商店街の入り口、酷く目立つリムジンの前で運転手は戸惑っていた。 「おや、どうされたかねこんな所で」 「ああ神父様、いえ人を待っているのですが」 「なるほど、帰ってこないのであれば暇を潰すと良い、この先に美味しい麻婆豆腐をだす店があるのだが一緒にどうかね」 「はい、これも何かの縁。お供します」 そうして、また一人この町のブラックホールに飲み込まれていった。

by 光夜

自分はシナリオライター志望です。いままで様々な小説を読んだ中で、奈須さんのシナリオは衝撃的なものばかりでした。理解の及ばない言葉も理解させ、全てに筋の通った内容が感動的でした。こういった形で自分のSSを投稿するのは初めてのことであり、少しいい加減な話しでもあります。皆さんに読んでいただき、少しでも面白いと思っていただけたのなら幸いです。

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