"桜です" by Ｒ２

「あれ？これは・・・・・・」
ここのところ忙しかったので多少散らかっていた机。時間もあるしということで久々に片付けていたところ、意外なものが姿を現した。
「まいったなぁ、すっかり忘れてた。」
出てきたのはかわいい熊のマスコット付ボールペン。くりっとした目がチャーミングだ。
こんなものを持って授業に出たらみんなの視線を釘付けにするだろう物であるが、断じて俺の趣味ではない。
「これ、桜に借りたやつだよなぁ。」
前にボールペンのインクがたまたま切れたときに桜から借りたんだった。その後部屋で書類を書いたのだが、手こずって終わったのが真夜中になってしまったのだ。結局翌朝返すのを忘れて今に至るわけだ。
「遅くなったけど、返さないとなぁ・・・・・・」

トントン
「桜、いるか？」
ノックをするが中から返事はない。
扉を開けて覗いてみるが、人がいる様子はない。どうやら留守のようだ。
このまま一度引き返してもいいのだが、今まで長く借りていたためできるだけ早めに返したいという気持ちになっていた。
「書置きしておくか。」
一度台所にいって紙とペンを取って戻ってくる。それにペンを返却する旨を書いて、ペンと一緒に机の上に置いておけばいいだろう。
「失礼しまーす。」
女の子の部屋に無断で入るのは気が引けるし、出来るだけ早めに退室するためにさっさと机に書置きを置いて・・・ってあれ？
「机の上になんかある？」
置いてあったのはノートだった。不意に禍々しいオーラを纏った伝説の暗殺帳の姿が頭をよぎる。だがどうやらそれではないようだ。
「ネタ帳？」
ノートの表紙には黒い太字で”ネタ帳　”とだけ書かれていた。

一体なんなのだろうか？
デンジャーデンジャー
第六感が必死に危険を知らせている。だが視線をはずすことが出来ない。
見たら引き返せなくなる、そうわかっているのに催眠をかけられたかのように手が伸びていく。

ぺらっ

”
桜です。ダイエットのためにジョギングを始めました。
体重が１ｋｇ増えてました。桜です。

桜です。人気があまりにもないので私もマジカルものをやろうと考えました。
ライダーに泣きつかれて止められました。桜です。

桜です。やせるために弁当箱を小さくしてみました。
いつの間にかお弁当が２段重ねになってました。桜です。

桜です。スーツを着たらどうなるかなぁと姉さんに尋ねてみました。
「増えたのがすぐわかるわよ。」と言われました。放っといてください。桜です。

桜です・・・・・・
”

バタン
「こ、これはっ・・・！」
まずい。これはまずいですよ。
なんでこんなネタ帳があるのか非常に謎だが、ネタがあるということはきっとどこかで披露する気なのだろう。
こんなものを世の中に出してしまったら、きっと桜には”空気読めないクイーン”の称号が与えられてしまう。
そうなったらその後の彼女の進化が不安すぎる。開き直ってしまったら一巻の終わりだ。
世間の視線を気にせずに、辺りを極寒の土地に変えていく黒桜の様子が目に浮かぶ。
防ぐ手段はただひとつ、このハザードをこの世から抹殺する！
「許せ桜、全てはお前のためなんだ。」
世界を救うにはこれしかない。
俺はノートを持って立ち上がろうと・・・・・・

「見てしまったんですね、先輩。」
瞬間、世界が一変した。
広がるのはどこまでも続く深遠の闇。見えるはずのない様々な模様が浮かんでは消える。
そして背後からは、全てを飲み込む殺気がビンビンに発せられている。
「さ、桜？」
振り向きたいが、身体が金縛りにあったように動かない。
ドン　ドン　ドン
迫りくる死刑宣告。
すぐ後ろまで来た死神。彼女の指が俺の首筋を撫でる。
「ダメですよ、先輩。ひとりだけでフライングしちゃ。」
全身の毛という毛が逆立っている気がする。心臓は今にもパンクしそうなほどに激しく脈打っている。

「焦らなくても大丈夫ですよ。先輩には最初に見せてあげますから。」
見せるってなにを？やっぱりこれを世の中に出す気なのか？最初の獲物はオレ？
デンジャーデンジャー
すごく嫌な予感がしますよ？誰か助けてぷりーず！！
「せっかくの機会なので、今から私のネタを全部披露してあげますね・・・・・・逃げちゃダメですよ？」

桜のネタ披露は５時間ほど続いた。
体力を全て吸い取られたかのように疲労した俺はそのまま寝込み、
そのまま全てを忘れることにした。

（終）