"story" by 能登耕平

今ではなく、いつかのお話。

そこは、深い深い森の中。
街からちょっと離れただけ。なのに、こんなに暗くて、こんなに静か。
あてもなく、ただただ、いっしょうけんめいに歩く、一つの影。
女の子が、ひとりぼっち？　いや、ちょっと違う。
ひとりと、いっぴき。小さな胸に抱く、小さな、小さな子猫。
必死に。ただ必死に。女の子は逃げていました。
胸の中で、か細い鳴いてる、その子を助けるために。守るために。

だから、でしょうか？

「…まったく。このような不手際を。侵入を許してしまうなんて」

暗くて、深い、森の中。
女の子と、ちっちゃな子猫は。

「私の活動限界も、間近ということなのでしょうね」

白い姿の、白い誰かと出会いました。

＊

まるで、怖い魔女のようで。視線も険しくて、表情も厳しくて。
だけど、それでも、女の子は。白い人に導かれるまま、森の奥へと進みました。
分からないけど、何となく分かったのでしょう。それが、正しい選択だと。
たどり着いたのは、大きなお城。本当に、物語の世界のよう。
大きなお部屋の、大きなテーブル。大きな椅子に腰掛けてたら。
白い人は、温かな紅茶と、おいしいケーキを出してくれました。
だけど、ちょっと変。紅茶もカップもお城にピッタリ。なのにケーキはイチゴのショート。

「それで？　貴方は、一体、何をしていたのですか？」

何だか、先生みたいな質問。すべてお見通しの視線。嘘なんてつけない。
女の子は、正直に、最初からお話しました。
この子猫を拾ったこと。お家に連れて帰ったこと。
母親に、元の場所に戻せって、言われたこと。
何度も訴えたこと。一緒にいたいと願ったこと。
だけど、それは伝わらなくて。母親は、どこかに連絡するといったこと。
おにーちゃんが、女の子に耳打ちしたこと。
子猫は、連れて行かれて、戻ってこれなくなる、ということ。

「なるほど。ですが、貴方の行為は、正しいと思いますか？」

問いかける言葉。見透かされる心。それは厳しくて。だけど、それだけじゃなくて。
泣きたくなって。でも、泣きたくなくて。
涙をこらえたその瞳で、女の子は、白い人を見つめました。
何も言わず。だけど、瞳に、精一杯の気持ちを込めました。

＊

まるであの子のように。
あの方と共に、いってしまった、あの子のように。

＊

「…………はぁ。それを飲んだら、お帰りなさい」

白い人は、何故だか、目線を逸らしながら。
女の子の頭を、そっと、なでてくれました。

「私は悪い魔女ですから。こんなところに、もう来てはいけませんよ」

何だか、急に。
女の子は、眠たくなってきて。

「……不覚ですが。ひと時であれ、感謝を、覚えたのなら」

瞳を閉じて。それは、真っ白で、穏やかな闇。

「お礼は、して…………」

あったかくて。でも、分からないけど。
泣きたくなるほど、せつない、しろ。

＊

女の子は、お家の前に立っていました。
…………えっと、そう。この子猫を、連れて、帰ったんだっけ。
お母さんに、いっしょうけんめい頼んでみました。
少し渋った顔で、だけど、お願いは聞き届けられました。
新しい家族が増えたこと。それが、とっても嬉しくて。
女の子は、満面の笑みを浮かべ――――と。

「ありがとう」

知らず、誰かに、感謝しました。

＊

その日の夢は、きっと、森の中のこと。
大きなお城。おいしいケーキ。
厳しくて、つっけんどんで、先生みたいで。

あったかい、ひとりぼっちの白い魔女。

［了］