"すねーくｆｏｒｅｖｅｒ" by 能登耕平

思えば。その朝、教室に入ったそのときから。
空気が違っていた。張り詰めたような緊張感(一部だけ)が肌を刺す。
片隅に集結し、熱く息巻く男子諸兄(そして呆れてスルーする女性諸君)。
と、その輪に加わらずにいた一成が、やれやれ、といった顔で近づいてきた。

俺「どうした？　何かあったのか？」
一成「いや、なに……いつもの事、なれど。今回は、少々厄介らしい」
俺「？　歯切れが悪いな」
一成「仕方あるまい。瑣末ながら、事は衛宮、お前に関わる」

？　俺に？　それって一体？
頭の中は疑問符いっぱい。とりあえず、現状確認すれば分かるだろう。
軽くそう考え、男子の輪に近づく。その輪の中心には……。

俺「…………何なんだ？」

更に？が大量発生。どうしよう、選択肢すら浮かばない。
一人の男が座っていた。いや、何となく、男より漢といった感じ。うん。
片目には、なんと黒のアイパッチ。実際してる人なんて初めて見たぞ。
ぼさぼさのロングヘア。カツラだと一目で分かる。何処で売ってたんだ、新都ですか？
口には葉巻が。似合ってる、けど、火つけてなくても、藤ねぇ、怒るってば。
モブキャラなのが残念極まるが例の絵馬から想像を……もぶきゃらって何だ絵馬って何よ？

さて。そんな彼は、季節外れの転校生でも不敵過ぎる侵入者でもない。

俺「どうしたんだ…じゃない。昨日の夜、何を見たんだ、後藤くん？」

影響受けすぎのテレビっ子、愉快な愛すべき級友の名を呼べば。

？「後藤じゃねぇ。『すねーく』と呼べ！」
俺「…………」

あぁ、本当に、何を放送しやがったんだテレビ局。

＊

下校時間は、３０分ほど遅れることを余儀なくされた。
ＨＲが終わった途端、周りを級友たち(男のみ)に囲まれたからだ。え？　何で？
一成は、生徒会で用事が、とさっさと離脱してしまった。
関わりあいたくないからだろう。賢明だ。

Ａ「悪いな衛宮。奴の邪魔をさせるわけにはいかない」
俺「奴？　……ごと…あー、すねーく？」
Ｂ「その通りさ。ちなみに例のゲームのじゃないぞ」
俺「へぇ、ゲームにもあるのか。どんなのだ？」
Ｃ「……お前、ほんと、こういうのには疎いんだな。ほんとに同い年か？」

余計なお世話と疑惑は結構。こうなった事情を知りたい。
聞いてみれば、みんな素直に話してくれた。隠すつもりもなかったらしい。
昨夜、深夜枠で放送された映画が、今回の後藤くんフェイヴァリットだったとか。
題名は「ニュー●ーク１９９７」。……聞いた事もないなぁ。

俺「で？　それとこの軽い拉致と、どう関係があるんだ？」
Ｗ「奴には重要な任務があるからさ。そう、あの聖地への侵入！」
俺「…セイチ？」
Ｄ「ぶっちゃけありえない級の可憐なお嬢様から綺麗なお姉様まで完全完備の桃源郷！」
Ｑ「ふざけんな一人ぐらい寄こせよオレんちにも！　いやマジでお願いします！」
俺「へぇ～………で、どこだ？」
全員「……なぁめるなぁ！！」

結論。俺の家でした。……あぁ、言われてみれば、なぁ。

＊

無事に開放され、家路につく。
本気の敵意(殺意)も感じたような気がするけど、きっと気のせいだ。きっと。
別段、急ぐ必要もない。そう判断し、普段どおりの歩速度だ。
無茶で愉快なごと…すねーくだけど、基本、良識を持った人の良い彼である。
そんなに無体な事はしないだろうし、我が家には、特異な警報装置もあることだし。
加えて、最強守護者たちがいる。一般人相手なら、余裕をもって対応してくれるだろう。
少しは絞られるかもしれないけど……まぁ、それは、自業自得だよな。すねーく。

俺「ただいまー」

玄関は開いていた。セイバーかライダーか、どちらか居てくれる証拠だ。
万が一にも、すねーくがピンチ過ぎる場合がある。早く事情を説明しよう。
と、近づく足音。これは……え？　桜？

桜「先輩、お帰りなさい。買い物でもされていたんですか？」

部活かと思っていたが、今日は早めの帰宅だったらしい。
意外だけど、そう不思議でもない。……あれ？　頬が、火照ったように……。

桜「あ……えっと、汗、かいてたので。シャワーだけ、お借りしました」
俺「そっか。上がりたてだったん、だ……」

言い知れぬ不安がこみ上げてくる。鍛えられた第６感、というより……嫌な予感が。

俺「あのさ、つい、さっきまで？」
桜「？　はい。あ、すぐ、使われますか？」
俺「いや、そういうわけじゃ……ライダー、は？」
桜「今日はお留守番してくれてましたよ。さっき見たときは、庭に……」
俺「……っ」
桜「あっ、先輩？」

玄関口から飛び出し、外から庭へと回る。
何てタイミングだ。お風呂に入っていた桜。同時刻、忍び込んだろう侵入者。
マズ過ぎる。ライダーが、どう判断したかなんて、考えなくても分かってしまう。
焦って走りこみ、周囲を見回す。人影は見えない。どこだ、どこにいる？

俺「すねーく！」

――――刹那。感覚が、凍りついた。

ライダー「snake？」

背後からの声。全く感知できなかった。……本気だ。

ライダー「驚きました。シロウから、そのような呼称が叫ばれるとは」

脳に響く危険信号。動かぬ身体に鞭をうち、ビクつく意識を振り絞る。
ぎこちなく振り返れば。秀麗な長身の……あぁ、何だかとっても怖い、英霊が。
寝こけたすねーく片手に、仁王立ちをされていました。
……タスケテクダサイ！

＊

怒ってる。とっても本気で怒ってる。
初めて出会ったあの日の……いや、あの日以上？　この緊張感、あぁ、なんてこったい。
彼女のマスターが、覗きに狙われてしまった――状況証拠が揃い過ぎている。
だけどすねーくいや後藤くんは、大事な級友なんだ。変わってるけどな。
早く誤解を解かないと……目的が目的だからなぁ。誤解、広がらないか？

俺「いや、だから、さ。その、話を、聞いてくれるか？」
ライダー「ええ。聞きましょう。この際、はっきりと」

……すみません。言葉はお優しいのですが、迫力がそれを裏切ってます。
どうする。考えろ。この窮地をどう乗り切る！　あの冬を乗り越えた俺！
本能に聞きました！　令呪を使いたいって流石だぜ正直すぎます！　後のこと考えろよ！
理性に聞きました！　…………あー、そうだよな。それしか、ないよな。

俺「ごめんなさい」

素直に全力で全面降伏。頭をたれて、誠意を持って５文字を搾り出す。

ライダー「何に、謝罪されているのですか？」

深く礼をしたままなので、顔は見えない。声で分かる。
その硬質さ、頑なさは、一切の許容も感じられない。
当たり前だ。これは基本姿勢。ただそれだけで、許されるなんて甘えが過ぎる。
何から話そう。暢気なお話だけど、彼女は、こんなにも気分を害している。

ライダー「別に、理由など取り繕わずとも」

まずは今日の朝からか？　いや、昨日の番組構成からか？

ライダー「私など、所詮は蛇女なのですから」
俺「……何言ってんだよ」

後藤くんの性癖から？　ややこしいな、分かってもらえるだろうか？

俺「そんなこと、思うわけがない」
ライダー「………………」

…………うー、駄目だ。混乱して、自身も考えもまとまらない。
これ以上、待たせられない。話せる事は、すべて、洗いざらい打ち明けよう。
そう決意し、出たとこ勝負で顔を上げた。
ライダーは……俺を、しげしげと見つめていたらしい。　
何だか慌てて軽くそっぽを向かれて……でも、機嫌、直ってる？

ライダー「一つ、聞いてもよろしいですか？」
俺「あ、ああ」
ライダー「snake、とは、誰のことですか？」
俺「すねーく？　…えっと、この、後藤くん。こーどねーむ？なんだ」
ライダー「……なるほど。そうですか」

ふむふむと頷くライダー。寝こけたまんまの後藤くん。あ、何だか寝苦しそうだ。
ぶれいんめー、とか、れすらーいやー、とか。想像できない夢だなぁ。
もしかして……暗黒神殿？　いや、まさか……聞きたいけど、聞きたくない。

ライダー「詳しい話は、室内にて。桜を交えてじっくりと」
俺「は、はい。その方向で」

端から全面降伏の身。予定は相手任せで唯々諾々。
と、歩き出すかと思ったライダーは、俺を真正面から見据えた。まだ何かお話が？

ライダー「……ふぅ、まったく」
俺「？　どうか、したのか？」
ライダー「貴方の無意識は、類を見ない破壊力です。…宝具を超える」
俺「…………へ？」

呆けた俺を、庭に残して。男の子一人抱えて、颯爽と屋敷内に戻るライダーさん。
とりあえず……危機は去った、と見ていいのかな？
後は、事情を説明するだけだ、けど。
それが難しいんだよなぁ……はぁああ(ため息)。

＊

翌日。教室の中に入ると……何で昨日と一緒なんだ？
固まる男子。傍観する女子。一人、達観した体で座す一成。どこまでも同じ。
日常のループか？　でもあれは４……あれ？　今、俺、何考えた？
混乱する頭のまま、輪の中心に。そこには、やっぱりすねーくが。またかよ。

Ｌ「聞いたよ。昨日は残念だったってな」
Ｙ「さすが聖地。一筋縄じゃいかないってことか。再チャレンジか？」
Ｋ「ニュー●ークは駄目だろ。次は、ロサン●ルスだったっけ？」

何でも、昨日の夜は、すねーく主演の２作目が放映されたらしい。
題名は「エスケー●・フロム・ＬＡ」。……テレビ局はもう少し考えていただきたい。
改めて、肝心の任務内容を聞いてみた。すねーくは、凄みを増した笑みを見せて。

すねーく「前人未踏、この街最後の秘境。そう、『彼女』の家だ」
Ｐ「！　お前、それは穂群原最大の謎と言われた、あの？！」
Ｍ「お前ってやつは！　くぅっ、泣かせるぜ！」
Ⅹ「すげぇよ、お前、すげぇよ後藤さん！」
すねーく「ふっ、すねーくと呼べ！」

侵入後の記憶があやふや、という昨日のオチは、綺麗サッパリ忘却ですかそうですか。
盛り上がる男子たち。反比例して、盛り下がる俺のテンション。勘弁してください。
いいのか？　それでいいのか後藤くん？　
擬態っつーかなりきり能力あっても学習能力とかはどうなんでしょうか級友？
お前あの後二人に説明した際の俺の苦労を慮れよすねーくー！

まぁ、とはいっても、そう心配しなくていいみたいだ。
何せ、あいつの館は、我が家以上に術式防犯が完璧だ。
尾行したって、館にたどり着く事すら不可能だろう。今回は、穏便に……。

と。何故だか、盛大な悪寒が走る。
止せばいいのに振り返る。教室の扉の向こう、ガラス越しにて、嫣然と微笑む誰かさん。
嫌な予感、否、むしろ嫌な確信に駆られて、小走りに廊下へと出れば。
培った世間体を着こなす、我が校屈指の優等生が。……みんな騙されるなー。

俺「お、おはよう、遠坂。あのさ、あいつら、悪気は……」
凛「彼が例のすねーくね。桜に、覗きを働いたっていう」
俺「……間違ってる。間違ってるのに伝達早くないか？」

……そうか。あの二人、昨日の映画を新聞で…いや実際見ていたのかもしれない。
俺の話から、すねーくの行動原理を予測。先手を打っていた、ということか。
あぁしまった。油断もいいところだ。
我が家の女性陣は、半端じゃない方ばかりだってこと、思い知ってるはずなのに。

凛「張り切って、お持て成ししてあげなくちゃね。ふふ、ふふふふっ」
俺「…………あぁ、ああああ」

清廉な佇まい。艶やかな笑顔。……あぁもう何にも増して恐ろしいですよコワイですよ。
だけどすまない、申し訳ない、すねーく。俺からは、遠まわしの忠告一つすらできない。
止めたらどうなるか分かってるわね的呪い(ガント)が、背中にぴったり照準済みだ。
てゆーかもう理屈抜きで逆らっちゃ駄目だと本能が。だって相手は悪ｍ……こほん。
俺にできるのは――――ただ祈ること。それだけだ。

＊

すねーく。それは漢の中の漢。
己の選んだその道に、迷いなきままオチ続ける。
俺たちは、いつまでも、その雄姿を忘れない。

［ばっどえんど］