"Fate GoodEnd(fake)" by や○に-る

「シロウ―――――」
そう名前を呼んだその瞬間に、強く体を抱きしめられた。

最後に、
最後の瞬間に言おうと思っていた言葉は
身体を被う暖かな拘束によってかき消された。

つい先程に放った宝具(ｴｸｽｶﾘﾊﾞｰ)による一撃で
今の私に魔力は全くといっていいほど残っていない。
魔力で編んだ鎧も発現さえできない。
この身体では、もう数分もこの世界にはいられないだろう。

それに、いる必要もない。

誇りは残り、
誓いは守られ、
達し得るべき義務と望みは果たされ、
更には幸せな想い出も作ることもできた。
もう、思いつく限りのものを手に入れたはずだ。
あぁこれ以上ない終わり方だ、と
満足して―――――

残された魔力を振り絞って残そうとした最後の言葉は
暖かい身体に押し止められた。

そして
その瞬間、思ってしまった。
今少し、この世界にいることができれば
それはどれだけ幸せであろうか、と。

不可能とわかっていながら
望んでしまった。

そんな想いにかきたてられ
残された魔力を掻き集めて、存在(ｶﾗﾀﾞ)を維持した。
できるだけ、
１秒でも長く、
この暖かさを感じていよう
この気持ちを覚えていよう
そして、願わくば
いつまでもいつまでも
愛するこの人に抱かれていたい、と。

魔力とともに失われていく意識を強く繋ぎ止めて、
ただ静かにシロウの胸に体を預けた。

そして、長くも短くも感じた抱擁の中、
私の意識は落ちていった。
最後に口に出せたかわからないけれど
ありがとう、と告げて。

暗い、靄のかかったような意識が徐々に覚醒していく。
それとともに思考もクリアになる。

ここは戦場。
私はここで王としての責務をもって戦い、尽きることとなった。
あぁ、でも悔いはない。十分だ。
この胸には誓いと
夢というにはあまりに明確で幸せな想いがある。

…
さぁ、最期に成すべきことを成そう。

体の感覚がもどった。
どうやら知らぬ間に倒れていたらしい。仰向けになっている。
戦場で倒れたのはこれが初めて。

なるほど、確かに最期だ。
そう思った。
なにもかもに諦めがついた。

そして、ようやく目に映る映像が頭に認識され始めた。
それは永劫に続くとも思える屍で埋め尽くされた大地―――――

ではなく、木製の低い天井の小さな部屋だった。
見覚えもある。

ここは――――――

ここは私の幸せの集う家だ。
まだ夢をみているのだろうか。
もう戻らない幻想。
覚醒したはずの意識も、確かに感じる全身の感覚も、
幻からなるものなのだろうか。

ふと、思った。
サーヴァントとしての過ごした時
あれもそうではなかったか、と。
意識も感覚もあった。
しかしもう触れられない。
消えてしまっては二度と手に入らない幻想。
そして、そこに意義はない。いや、意義はこれ以上必要なくなった。

それなのに、
私はまだ夢の中を彷徨っている。
意義もなく、あれ以上の幸せもまたないであろうに。

…
音に気がついた。
あぁ、これも聞き覚えがある。
断続的な木を叩く音、またそれに混じって
カチャカチャと小さな金属音と人の動き。
穏やかな朝を告げる音。
そう、この音を聞いて食事に期待を膨らます時間も幸せだった。

幸せなことばかり思いつく。
だから、これは夢だ。
幸せな時間はもう終わったはずだ。
戦いという代価を払って得た幸せは終わったのだ。

早く覚醒しなければ
もう戦わなければ
そう訴える自分がいる。

しかし、まだその世界にある意識は引き寄せられるかの様に
音の方へと向かっていった。

人影が振り向く。
「おはようございます、せん――――！？」

桜だ。
桜はなぜか大きく息をのんで固まった。
そしてしばらく立ち尽くしていたかと思うと
慌ただしく去っていった。

…なぜだろう。ひどく落ち着かない。
台所に一人呆然と佇(ﾀﾀｽﾞ)む。
なぜ…
なぜ、夢であるなら、
私が一番強く求めている人が出てこないのだろう。
それは、もう見てはいけない夢だからか。
それとも――――――

「セイバー！！」
そう大きく呼ばれて振り向こうとした瞬間、
大きな腕で全身を強く包み込まれた。

「あ――――――」
あのときと同じ暖かなその体は、まさしく私の一番強く求めていたものだった。
その暖かさが強く私に訴える。

―――――夢じゃない、夢じゃない　と。

それで実感した。
ここにいる。確かに私はこの家にいる。
そして、
まだここにいていいのだと。

「…シロウ？」
恐る恐る声をかける。
「よかった…、　…よかった…」
シロウはそう呟くばかりで声が耳にはいっていない。
呆然としてしまった。
これは、現実？

では、
なぜ自分はここにいることができるのか。

「なんで？ って顔してるわね。
教えてあげるわ。
本人の話を聞く限りじゃ、強化の魔術を応用したみたいよ。
今回は、物じゃなくてセイバーの体に魔力を流し込んだんだって。」
不意に、横から声がした。
そこには、あからさまに眠そうな顔をして凛が立っていた。

「それにしても、サーヴァントの現界維持なんてよくできたものよね。
生物は構造が複雑だから魔力を通すのさえ難しいっていうのに、
セイバーの場合は対魔術防壁の隙間を見付けてそこから魔力を加えなきゃなんないし。
それに、今回は足りないものを補って強化してる。
これはもう強化の魔術の範疇を超えているわね。」
言っている内容の割に、凛本人はさして感慨もなさそうな素振りで話してくれた。

「でも、
聖杯から流れてくる魔力がなくなって魔力の絶対量があきらかに足らないのに
どうして大丈夫だったのかしら。」
凛は、腑に落ちない、というような顔をすると
目で私に
“なぜだかわかる？”
と、訊いてきた。

確かに、聖杯がなくなった今、
私には以前あった聖杯から流れてくる魔力はなくなっている。
加えて、聖杯を手に入れるという大義さえも、もはやない。
確かに、サーヴァントであればこの世界にはいられない状況だ。
しかし、
「凛。前にも言いましたが、私は正確にはまだ英霊とはいえない存在です。
おそらく私の場合、肉体が魔力のみで作られたものではないため
聖杯の影響も小さくてすむのでしょう。
あと、私とシロウとの契約は聖杯戦争における
マスターとサーヴァントのそれではありません。
私は普通の手順で召喚されなかった上に
召喚時にシロウが聖杯戦争を理解していなかったので
私たちはマスターとサーヴァントの契約とは少し異なる形で契約をしています。
だから、お互いの同意さえあれば契約を継続することが可能なのです。
おそらく、それが理由ではないかと。」
それに…、
私にはまだこの世界にいる意義がある。
今ならはっきり言える。
私はまだこの世界に残っていたい。

私を見ながら、凛はしばらくの間なにやら難しい表情をしていたが、
ふ、と溜め息をつくと
「まったく大変だったんだから。
あの日、目が覚めても士郎が帰ってないもんだから
怪我した体にムチ打って柳洞寺まで行ってみたら
イリヤと３人そろって倒れているでしょ。
それを苦労して連れて帰ったのにはじまって、
次は士郎が起きたとたんに
『俺をできるだけ早く一人前の魔術師にしてくれ！』
っていきなり頭を下げだすし。」
あきれているのか、目が覚めていないのか
凛の口調には覇気がない。

「勢いで頷いてしまったもんだから
仕方なく特訓を始めることになったんだけど、
すごい無茶をするのよね、コイツ。
休憩はおろか、気を失うまで特訓を止めないし、
学校も休んだままだし、
挙げ句の果てには桜を呼んで
『しばらく飯の準備をできないから、代わりにやってくれ』
なんてことも言い出す始末よ。」
そう言って、大げさな、けれどもわざととも見えない溜息をついた。

「ま、それもセイバーがここに居られるようにするためだろうから
士郎のムチャクチャな生活も今日で終わりかな。
セイバー、あなた今の魔力の状態なら当分は大丈夫なんでしょう？」
私は質問に小さく肯いて答えた。
それを見て凛は、今度は目の覚めた顔で微笑んだ。

しかし、シロウはなぜそこまでして私をこの世界に残したのだろうか。
あの日、私達二人は終わることを受け入れてあの戦いに臨んだはずだ。

思わずそんな想いが口に出ていた。
「シロウどうしてそんな無茶を…」

シロウが顔を上げた。
息のかかりそうな至近距離で目が合う。
そして、何の疑問もない、といった口調で

「だって、全部終わったんじゃないか。
だったらセイバーはこの世界では自由ってことだろう。」

そう答えた。

「この戦いの結果に納得はしてたけど
セイバーとの関係に満足してたわけじゃないからな。
セイバーを戦いから解放できたんだ、
ようやく心置きなくセイバーと過ごせるんだ、
そう簡単に帰らせてたまるもんか。」

呆れてしまった。
またも一人で無謀な賭けに挑んだこの人(ﾏｽﾀｰ)は
それでもこれまでの様にまっすぐに言ってのけた。
『だったら、幸せにならないとダメだ』と
心からそう言ったこの人は、本当にそれを叶えるために
命をかけて行動した。

まったく、これでは聖杯戦争が終わったとはいえ
このマスターからは安易に目を離せなさそうだ。
思わずまじまじとシロウの顔を眺めてしまった。

「どうでもいいけど。
のろけたいのはわかったから、いい加減抱き合うの止めたら？」
――――！！
凛の言葉にハッと冷静になる。
今、私は、シロウと、くっついて――――
顔が熱を帯びていくのがわかった。

シロウと二人同時に弾かれるように距離をとった。

あきれ顔の凛。
なぜか、睨みつけるようにこちらを見ている桜。

「あ　こ、これはだな、…あー」
…
「あ、もうこんな時間じゃないか！
桜、飯の準備はどうなってる？」
慌てて場を取り繕う様に言葉を発するシロウに
「は、はい。もうすぐ食べられます。」
桜は律儀に返答した。
「なら、とりあえず飯にしよう。桜は朝練があることだし。
それに、もうすぐあとの２人も来る時間だ。」

幸い、その言葉に異を唱える者はなく
桜は朝食の準備へと台所に
凛は居間のテーブルに
そして桜の手伝いのためか、シロウも台所へと
それぞれが自身の朝の動きに戻っていった。
その中で、
ふと思い出したかのようにシロウはこちらに振り向き
「あぁ、忘れていた。
セイバー、おはよう」
これ以上ないくらいの笑顔でそう言った。

幸せなときはまだ終わっていなかった。
私はまたここで新たな時間を紡いでいく。
祖国を守るためではなく、この幸せを守るために。

そんな自分の想いを確かめるように深く息を吸い込んで、
そして言葉を返した。
「はい。おはようございます、シロウ」

そうして、張り切って色々動こうとするシロウと
それを窘(ﾀｼﾅ)める２人を眺めながら
ずっとずっとこの人を守っていこう、そう心に決めて
私もこの家の朝の一部になるべく、食卓へと向った。

さあ、今日はなにをしようか。
新しい生活はまだ始まったばかりだ。