結論から言えば。どの道、彼女は死ぬにまで至らなかった。
上層部からの度重なる要請に、万全の装備を用意できなかった。
封印指定の魔術師を相手に切り札無しで挑んだ少女は、絶望的に不利な状況に追い込まれてしまう。
全方位から襲い掛かる回避不可能の凶器に、それでもバゼットは怯まない。
最善の方法を即座に叩き出し、最良の結果と引き換えに、右腕を諦めた。
硬化のルーンを刻んだ拳が魔術師の頭を叩き潰すと同時、避けきれない刃が襲い掛かる。
腕を切り落とされる痛みを覚悟した。
怪我をするのはいつものことだ。命さえあればいい、代わりの腕などいくらでも用意できる。
「―――ッ」
ざくん、と刃が食い込んだ。肩口で切り落とされた髪が、はらりと舞い落ちる。
突き刺さったのは、魔術師の放った黒い風の刃ではなく、魔力で編まれた白銀の細身剣。
背後から飛来して風刃を弾き飛ばしたその一本の剣が、彼女の腕を繋ぎ止めていた。
剣を投げた黒衣の男は、何も告げることなく姿を消した。
追いかけたところで意味は無い。
腕は切り落とされずに済んだものの、かなり深い傷だ。バゼットは地面に腰を下ろして、治癒のルーンを刻む。
何のことはない、ちょっとした偶然。
獲物に投げた黒鍵が、たまたまそこにいた少女を助けた。それだけのことだろう。
自分の所属する魔術協会と敵対する、聖堂教会の代行者。
狭い世界だ。いずれ再びまみえることもあるだろう。
その時は、例え彼が覚えていなかったとしても。
「もともと私には必要でないものではあるけれど。女性の髪を切り落とすとは、良い度胸だ」
この借りを、きっと返すとしよう―――
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バゼットさんじゅうななさい。
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