Confession
「では荷物はそこに。貴方用の法衣は奥の部屋に用意してありますから早々と着替えてきてください」 無事改修工事が終わった教会、元日ともなればちらほらと人の姿がある。確か遠坂の話だとあの神父、神父としては完璧な人間だったらしかった。そのせいか、意外なことにこの教会へ足を運ぶ人も多いようだ。 「なにをしているのですか衛宮士郎? 私は着替えてこい、と言ったのですよ? 飼い主の命令に…」 「お願いだからそれ以上言わないでくれ。着替えてくるから…」 ちぇ、っと心底残念そうに嘲笑するあくま一人。そう、正月も早々から不幸のスタートダッシュは始まっていたのだった……! 黒い修道服に身を包んだシスター、カレンの視線に耐えながら、なんとか祭壇の奥の個室へと移動する。 「…ああ、そりゃアイツの服じゃないだろうけど」 高そうな調度品のソファーに無造作に置かれているのは、ここの前任の神父のものとよく似た、しかし一回り小さな黒い服。そうして横たえられた服がまるで人の姿のように見えて。 ―――――思い出してはイケナイナニカを思い出したような。 「…なんだ、それ。桜は、こんなところになんか来てない」 眩暈のような錯覚の重なり。左腕がぎしり、と疼いた――気が、した。 …つまりここは、有り得たかもしれない可能性が交錯し錯綜する迷い場なのか。 服に袖を通すと、新品らしいパリッとした着心地に驚いた。もっと驚いたのはサイズがあつらえられたようにぴったりだったこと。 「…あんの腹黒シスター、事前に計画してやがったな」 心なしか口調が乱暴になってしまった。彼女たちは喜ぶだろうけれど。 …ふと想像する。十年前のあの日、自分がもし衛宮切継の誘いを断っていたとしたら。あの神父の後を継いで、俺はこの服と巡り合うことになったのだろうか、と。 そんなことはありえない。なぜなら、―――――――― 「いつまで待たせるのですか。駄犬の分際で主人を待たせるなんて、潰してオセチの具材にしようかしら?」 …不機嫌そう、というよりは何かを我慢するような表情でこちらを見るカレン。 「…カレン、お願いだからそういう言葉はやめてくれ」 「あら、そういう言葉、とはどのようなものでしょう? 私は神の家では本音しか話せないのです」 オブラートじゃ足りないから鉄板くらいに包んでくれその本音。 「…それにしても、その悲壮な表情はどうかと思いますが」 アレ、咎めてない。全然咎めてない。すっげぇ嬉しそう。 カレンはテーブルを挟んで俺の正面に立つと、ゆっくりと手を合わせた。 「ここは神の家。罪深きものが自らの罪を告解する場。懺悔を、聞きましょう」 胸の中にぐつぐつと、たくさんの後悔が湧き上がりそうになる。 正義の味方を選んだ偽善、自らと対面した呪い、たった一人を選んだ欺瞞。 ……本当に、この教会の人間は。頼んでもいないのに。 容赦なく、傷を開く。 「…ですが、今は貴方ごときの懺悔を聞いている時でもありませんね」 表情を崩すと、先ほどとは一転して滅多に見せない純粋な笑顔を見せるシスター。あかいあくまよろしく、素直な笑顔爆弾の威力は半端ではない。 既に視力を失った右目、人と共にあるだけで傷つく身体。 「…なあ、アンタ」 誰かの道具としてしか、生きる道を選ばない彼女。 「…辛く、ないのか?」 何度目かわからないその問いに、彼女は――― 「ええ。辛くは、ありません」 鷹揚と、答えた。 その姿はかつて、幸せがわからない、と言った神父とよく似ていたけれど。 答えは、出たみたいだった。 「不本意ですが、話を聞くのは後にしてあげましょう。ミサを終えたらオセチをご馳走になるのですから」 「おう、せっかくたくさん材料を買ってきたからな。セイバーの助けがいるくらい作ってやるさ」 その言葉に、彼女は驚くほど優しく微笑んだ。 「楽しみにしています」 どきりとするくらい儚げだけど―――綺麗な、笑顔だった。 「それで、ぜひマーボードウフという料理を作ってほしいのですが」
by 崎里 友也
カレン最高。 物語を進めるたびにはやく会えないかなーと切望していた自分をすさまじいスピードで前向きに裏切ってくれた女言峰に一票を。是非に、上位に入ってほしいです。
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