とても寒い冬の日のこと。
体の芯まで響く寒さは、ここ冬木市にしては珍しい。このまま天気が崩れれば、おそらく雪になるだろう。 こんな寒い日はあったかいシチューがいい。メニューを決めた俺は材料の買い出しに出かけ。 商店街で偶然セイバーと出会い、一緒に帰ろうと道を歩いていた。 「ほう、今夜はシチューですか。体の中からあたたまろうというのですね。素晴らしい」 「鍋物って手もあったんだけどな。今夜はシチューにしよう」 二人で仲良く荷物を分け合ってたどる家路。その途中にある小さな公園の前で。 突然立ち止まったセイバーにつられ、俺も足を止めた。 「――――――」 「セイバー? どうかしたか」 「いえ……声がしたような気がしたのです。助けを求めるような声が」 「なんだって!?」 慌ててセイバーと二人で公園に駆け込む。こんなところで助けを求める声がするとは思わなかった。 俺は正義の味方を目指すものとして、急ぎ声の元へ駆け付ける。 「くそ、どこだ!?」 「あの繁みの奥です。か細くですが声が聞こえます」 「おい、誰かそこにいるのか!」 大声を上げながら繁みを掻き分ける。 するとそこには。 ――――くうーん、きゅーん。 「…………犬?」 「シロウ、助けを求めていたのはきっとその子です」 ダンボールの中に入っていたのは、まだ生まれて間もない子犬だった。目は開いて毛も揃っているけど、よたよた歩く足取りが危なっかしい。 箱の側面には定番の『可愛がってください』の文句。 捨て犬か。しかしこんな寒さの中に捨てていったら、すぐに死んでしまうだろうに。まったく捨てたやつは何を考えているんだか。 思わず抱き上げると、子犬はぴったりと身を寄せてきた。人懐っこい―――いや。たぶんそんなこと言ってられないくらい寒いんだろう。 セイバーが俺の肩越しに子犬を覗き込む。 「その子犬はどうしたのですか?」 「どうも寒さにやられてるみたいだ。――まずいな、このままじゃ良くない」 手に伝わる子犬の体温はあまり高くなかった。いったいここに置いていかれて、どれだけの時間がたったのか。 「早くあっためて何か食べさせてやらないと、下手したら死んじまうぞ」 「な!? それは大事ではないですか! 何を食べさせれば良いのです!」 「うーん……この大きさだと、まだ食べ物は無理かもしれないな。あったかいミルクなら飲めるんだろうが……」 子犬や子猫に牛乳を飲ませすぎると良くない、と聞いたことがあるけど、子犬用のミルクなんてこの辺じゃ新都のペットショップぐらいにしか売ってない。 思ったことをまとめるため、無意識に口に出した言葉。しかしそれを後ろの少女はしっかり聞いていた。 「わかりました。温めたミルクですね。待っていてください」 「え? おい、セイバー?」 思わぬところから返ってきた答えに、後ろを振り向く。 そこにはすでに、猫の子一匹いなかった。 「…………なんでさ」 超常現象のように消えた彼女が何をしに行ったのかはすぐ理解できた。理解はできたが。 「一瞬で見えなくなるなんて…………早すぎないか?」 とりあえずセイバーが帰ってくるまで、大人しく子犬を胸元にでも入れて温めるぐらいしか、俺にできることはなさそうだった。 「お待たせしましたシロウ!」 ―――わずか五分後。 息を切らして公園に駆け込んできたセイバーの方へ顔を上げる。 「あのー……セイバー?」 「なんでしょう。さあ早く、子犬にミルクを」 「その前に。……なんで武装してるんだ?」 セイバーは自分の格好を見下ろして、あ、と口を驚愕の形に開いた。 一瞬にして武装は解かれ、元のコート姿に戻る。 「申し訳ない…………またやってしまいました」 「いや見られてなければいいんだけどさ」 本気で家まで走っているうちに知らず知らず武装してしまったのか。だとすると人の目には止まらぬほどの速さだから、誰にも見られていないはずだ。 と必死で自分を納得させる。もしも見られていた時の事なんか、怖くて考えられない。 セイバーはホットミルクの入ったペットボトルと小皿を手に持っていた。ペットボトルのラベルはお茶のものだから、電子レンジでホットミルクを作ってきたんだろう。 小皿に注がれたホットミルクは、白い湯気をたてて――――って待った。 「セイバー、それじゃ駄目だ。ミルクは人肌でないと、犬がヤケドする」 「は? しかしシロウがいつも作ってくれるミルクは、このくらいの熱さでは……」 「人間用ならそれくらいがうまいんだけど、犬は自分で冷ませないからな。 指を入れて熱くもなく冷たくもなくって温度にしないといけないんだ」 「―――なるほど、わかりました。では少し冷ましましょう」 ホットミルクの小皿に、ふーふーと息を吹きかけて、セイバーは温度を下げる。適当なところで指を入れて確認。念のためその指を口にくわえて再確認。 ただそれだけの仕草なのに、なぜか妙に新鮮な感じがしてしまった。 「お待たせしました。これで大丈夫です」 「あ、ああ。……ほら、おまえのためにセイバーが持ってきてくれたぞ」 胸に抱いていた子犬を降ろすと、犬はすごい勢いでミルクを飲み始めた。 よっぽど腹がへっていたのか、警戒心がまるでない。ほどなくして、ミルクは全て子犬の腹におさまった。 セイバーが子犬を自分の腕に抱え上げ、胸元に閉じ込める。 彼女の温かさが気持ちいいんだろう。子犬は大人しく抱かれている。 子犬の背中を撫でながら、セイバーが呟いた。 「それにしても、どうしてこんな小さな子犬がこんな寒空の下にいたのか――」 「たぶん捨て犬だろうな。飼い主が飼えないっていうんで置いてったんだ」 最近は犬や猫を捨てると罪になるはずなんだが、悲しいことにそれで捨て犬や捨て猫がなくなるわけでもない。 子犬に向けていた視線を、ふと上にあげてみると。 セイバーの顔からは、表情が消えていた。 「―――私にはわかりません」 「セイバー……?」 子犬を抱く華奢な腕に、小さく力がこめられる。 「この国は、私の祖国とは比べものにならないほど豊かだ。真冬でも食べ物がたくさんあり、人々は暖かい家の中でくつろぐことができる。冬を越えられないと嘆く人々など、おそらくはいないのでしょう。 なのに、なぜ。それでもなお、家族を捨てるようなことをするのか…………」 「………………」 眉ひとつ動かさず、淡々と告げるセイバーの声。 言われてみれば。 彼女が生きた時代は、冬という季節そのものが死因になるくらい、冬は貧しかったはずだ。作物は取れず、人々は飢える。結果、色々と悲しいことが起きたであろうことは、想像に難くない。 緑色の瞳が、子犬の黒い瞳を覗き込む。 ――――子犬を通して、セイバーが見ているのは、いったい何なのか。 戦乱という時代におけるブリテンで、飢えのあまり捨てられた子供の顔か。それとも戦に勝つため切り捨てられ、冬になると消えていった村の人々か。 飽食時代とまで言われる現代に生まれ育った俺には、はっきり思い描くことはできないけれど。 ただひとつだけわかるのは、 セイバーが無表情の下に、どうしようもないやるせなさを秘めているということ。 彼女にこんな顔をさせたままにしておくなんて、とてもできなかった。 俺は腕を伸ばして、子犬の頭をそっと撫でる。 「……たしかに、中にはひどいヤツもいるけどな。 でもそんなのばっかりじゃない。日本のことわざに、捨てる神あれば拾う神ありっていうのもある。こいつだってきっと、拾って連れ帰ってくれるやつがいるはずだ」 「それは本当ですか、シロウ?」 セイバーはじっと俺を見上げてくる。 彼女の腕に抱かれた子犬は、満腹になって温かいセイバーの胸元ですっかりくつろぎ、今はリボンで遊んでいる。 俺を見つめるセイバーの方が、よほど捨てられそうな子犬みたいだった。 真摯に俺を見る瞳の中に、わずかな期待とかすかな不安を見つけてしまったら。 他にどう答えることができただろう。 「ああ。絶対に、大丈夫だ」 ――――まあ、衛宮邸(うち)も。 あと1人くらい食客が増えたところで、なんとかなるだろうしな。
by 鏡花
可愛くて凛々しい王様に清き一票を! がんばれセイバー!!目指せV2!! V4を勝ち取った先代メインヒロインに続け!!
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