world
「んー、んー」 豪奢なテーブルを挟み。向かい合い、互いに椅子に腰掛けたまま。 「…………」 「んー、むー、うー」 彼女は、真剣に悩んでいた。 思考が口から出て、オノマトペになって出ている。残念、意味は分かりません。 かれこれ10分近く。待つ身にとって、普通なら、体感時間はその倍以上だろう。 けど、正直、苦痛には感じない。その姿は、眺めているだけで微笑ましい……悪いけど。 だから、痺れを切らして、というより。 彼女の苦悩を、どうにかしてあげたくなった。 「……あのさ。そんな、迷わなくてもさ」 「うー、ぅあー」 「軽く決めちゃえば、いいんじゃないか?」 「むー、むぅー」 それは妥当な模範解答。 だって、彼女の今日の命題は。 「何して遊ぶか、なんてそんなに悩まな…」 「もー! 分かってないんだからー!」 「…ご、ごめんなさい」 「オニーチャンは黙ってなさーい!」 「は、はい! 失礼しました!」 お姫様はいたくご立腹の模様。あぁ、やっぱり理由が分からない。 オンナゴコロヲ勉強シナサイ、なんて小声が聞こえてくる。 すいませんそれは確実に落第点です、と心の中で返し、大人しく待機する。 …10分前を思い浮かべる。 もしかして、不用意な一言だったのだろうか? 「ねぇ、今日は、何しよっか?」 「ん? そうだな。うん、何でもいいよ」 「ホント? ナンデモ? いいの?」 「あぁ、勿論。何でもだ」 深く考えもしないで、そんな安請け合い。 赤い師匠には絶対言えない言葉(金銭的に)だけど、つい、胸を張ってしまった。 彼女の、喜ぶ顔が見たかったら。 ……まさか、こんなに悩まれるなんて、なぁ。 「……んー、えっと、ねぇ、オニーチャン」 「お、決まった? 何? 何しよっか?」 「えっとねー、参考までに、耳、貸して?」 「うんうん。良かった良かった」 ぴょこんと立ち、傍に寄ってきたので。 こちらは座ったまま、身体を傾け、耳を彼女に預ける。 ……ふむ、ふむふむ…………はい? 「……駄目。それは駄目。絶対に、駄目」 「エー。何デー。何デモッテイッタノニー」 「いや駄目だって分かって言ってるでしょ? すっごくそう聞こえますよ?」 「ふん、だ。いくじなし。オニーチャンはやっぱりオニーチャンなんだから」 口ぶりは怒ってるけど、何だか、お顔はちょっとご機嫌だ。 女の子って分からないなぁ。分かるようになる気がしないなぁ。 「じゃあ、もういっこの方、ね」 「? え? それって、どんな…」 「うふふふふふ。えいっ」 「…………っ?!」 膝にひょいっと腰掛けられた。……いや待て。この体勢、確か、前に……。 「こ、これも駄目だ! また、魔眼……」 「約束。そんなの、絶対使わない」 「……ホントか?」 「うん。絶対。大丈夫、今日は、あんなことしない」 ……今日は、という点が気になるけど。 嘘はない、それだけは分かった。だから、身体の力を抜く。 でも、じゃあ一体、この格好で何をするんだろう? 疑問が顔に出ていたのか。彼女は、満面の笑みで、答えをくれた。 「にらめっこ、しましょ」 「…………はい?」 * ルールは3つ。 1.彼女を見つめ続けること。 2.他の事は考えないこと。 3.終わりは、彼女が決めること。 それだけ。2が少し難しいかな、と思う程度。 一応は魔術師の端くれ、一つの物事に集中、という作業には慣れてるつもりだ。 だけど、にらめっこ、か。こんなに改まってやったこと、ないよなぁ。 決めた理由は聞いてみたけど、何となく、なんて言葉だけ。 疑問は残る。でも、断る理由にはならない。断るつもりもない。 「じゃあ、準備、いい?」 「ん。オーケー。いつでもいいよ」 「ふふっ、オニーチャンったら。そんなに構えちゃだめー」 「っ、べつに、そんな。大丈夫、ダイジョウブだって」 「ふーん。そう? それなら、……しよっ、か」 そして。 にらめっこは、始まった。 じっと見つめる。見つめようと努力する。 言ってしまえば。長く続ける自信なんてなかった。 ほら、すぐに頬が赤くなった。俺自身の、頬が、真っ赤に。 鏡を見なくても分かる。異様に肌が熱くなれば、いくら鈍感でも、察しられる。 女の子の顔を、こんなにも長く、じっと、ただじっと見つめ続けるなんて。 すぐに終わると思っていだ。彼女が、プッと吹き出して。 オニーチャン、お顔真っ赤だよー、なんて感じで。 そう。せいぜい、長くて5分くらい。 そんな風に思っていたんだ。 だけど。 どうしたって、分かってしまった。 あぁ、この子は。本当に、真剣に。 俺を見つめている。俺だけを見つめている。 頬を赤くして。そわそわして。中々、目をあわすことができなくて。 そんな、無様な俺の姿を。笑うでもなく、がっかりするでもなく。 ただ、いとおしむように。じっと、見つめ続けていてくれる。 は、ははっ。これじゃあ、まるで、彼女がお姉さんのよう。 ……何で、そんなに、楽しそうなんだろう。 懐かしそうなんだろう。 そして、少しだけ。ほんの少しだけ。 寂しそうに、感じてしまうのだろう。 頭の中の疑問を、解りたかったのか。彼女の姿に、感化されたのか。 強制ではなく。知らず、そっと背中を押されるように。 俺もただ、彼女をじっと見つめていた。 瞳を見つめた。無垢と深遠――矛盾の内包する瞳を。 顔を見つめた。人の手に余る芸術品の、小さな顔を。 髪を見つめた。誰にも踏まれる事のない、処女雪のような髪を。 身体を見つめた。体重の感じられない、華奢で可憐で、儚げなその身体を。 ……そして、いつの間にか。そういった部位ではなく。 彼女「そのもの」を見つめていた。 頬の熱さは消えていた。代わりに、心からわく暖かさが、身体の隅々にまで広がった。 彼女を見つめることが、まるで、呼吸のように。当たり前の事になる。 目を離せない。離さない。離そうだなんて仮定、思う方が異常になる。 背景が消えていく。居場所がどこかも希薄になる。 視界に残るのは、彼女と、彼女の瞳に映る自分だけ。 知らなかった。こんなに近くに、こんなに、不完全な形で。 造り上げられた一つの世界。 俺と、彼女と。ふたりだけの世界。 一人の少女が、いつか、心に描いていた。 それは、歪なユメノカタチ。 * * * 終わりはきた。 彼女の手が、俺の腕を掴んだ。 絶対だった距離が崩れた。世界は壊れ、砕け散った。 感覚が戻る。視界が広がる。それが、どうしようもなく、悲しくて。 せつなくて。苦しくて。痛みが、一瞬で広がって。……それでも。 未練を顔に出したくない。そんな、不思議な感覚。 きっと彼女も同じだと思う。 確信できる。同じ世界を、共有していたのだから。 「……どうだった?」 「うん。よかった」 「ホント?」 「勿論。…そっちは?」 「んー、ふふ、フフフッ」 満面の笑み。それにも嘘はない。嬉しさだって、本当の気持ち。 時計を見る。始めたのは昼過ぎ……で、もう夕方、か。 長かったのか、短かったのか。終わってしまった今も、判別つかない。 ただ。それは一瞬だった気もするし。 同時に。永遠にも近かった……そんな気も、確かにした。 と。不意に。 「お食事の準備ができております」 タイミングを計ったような、絶妙の間で。二人が部屋に入ってきた。 「はい。ご苦労様。オニーチャン、泊まっていくでしょ?」 「あ、あぁ。そうさせてもらうよ」 「うん! また後でねー」 楽しげに出て行く彼女を、見守っ、て。 ……あれ? 何故でしょう? とてもとても空気が寒いですよ? 「お楽しみであられたようで。ふふ、ふふふふ」 「……あ、あのー。えっとー……」 「さてそれでは本日のお部屋割りなどを」 「いや、またどうせ、例の場所だろう?」 いつもの倉庫、もとい客間を思い出す。 やれやれ、また今日も寝不足になりそう…………うぉ? この底冷えは何だ。五臓六腑すべからく拒否反応が。原因は、その……うわぁ。 解りやすい顔で目の前に立っておられます。くっきりと青筋がー。 「おほほほほほほ。何を寝言をまだ寝る時間ではございませんわ」 「いえ、あの。もしかして、ものすごく、おこっ…」 「素敵なお部屋をご用意いたしました。開放的な場所でしてよ。ほほほほ」 開放的ですか。それはもしや屋根すらありませんとかじゃないでしょうか? 自分にしてはうがった憶測だけど、断言しよう。正解に違いない。 いくらなんでも生命の危機を感じてきました。むぅ、不本意ながら撤退もやむなし。 「じゃ、じゃあ、せっかくだけど、俺は、これで…」 「まぁ途中退室だなんて無作法な。…許しませんよ?」 「うん。だめ。かえさない」 「…………」 あれぇ? 今回は敵が二人ですか? 静かに確実に怒ってませんか? 「おほほほほほほ。さぁ、朝までどうぞ、ごゆるりと。ほーほほほほほほ」 「アレは、ダメ。もうやっちゃ、ダメだよ?」 すみませんごめんなさいでもアレって言われても言いだしっぺはボクじゃな……。 なんて言い訳が通じるわけもなく。 「おーほっほっほっほっほ!」 「おしおき、おしおき」 「…あぁ、ああああああああああ」 お城の夜は、冷え冷えと更けてゆくのでありました。 [えんど]
by 能登耕平
こんなことできる相手、というのも稀でしょうが。 一度やってみていただければとお勧めしたり。 素敵な絵画を前にした、そんな感じがよく似ています。 さて、今宵はこれにて。 また次の夜に再会を。
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