消えない想い
八月にしては不自然なほど、風が心地よく感じられた。 今は中天に輝く太陽も、心なしか愛おしい。 彼方に望む積乱雲は、さながら雪山のようで、 かつての祖国を思い出す。 ―――ダメね、この国はどうも似過ぎている。 蜃気楼の盲暑に、 女は、今は遠き古里を、想起した。 再び外に出たときには、空はもうすっかりと薄暗くなってしまっていた。 料理教室。 今日は肉じゃがの調理を教わった。 通い始めてまだ三日。 女にとって料理とは、魔術の行使よりも、格段に尊いモノの様に感じられた。 それはきっと、その中に籠めるモノの差でもあるのだろう。 そんな風に思った。 時刻はまだ五時。 この空の色は、日没によるものではない。 じきに雨が降る。急いで帰らなくては濡れてしまう。 しかし女の懸念は杞憂に終わらなかった。 気付けば豪雨。 女の体はグッショリと、重く濡れてしまっていた。 ―――雨はキライ。あの日のことを、思い出す。 気付けば号泣。 女の心はビッショリと、感傷に濡れていた。 どうして今日に限って、こんなに次から次へと要らぬ事を思い出すのだろう。 どうして今日に限って、こんなに不安になるのだろう。 気付いている。恒久の愛なんて存在しないこと。 でも、 それでもなお、 人は愛を信じずには生きていけない。 ―――なんて弱い生き物なのかしらね、人間というのは。 女は長い長い石段を登り終え、 門を潜って、 ―――どうした、遅かったな。このままでは風邪を引いてしまう。早く上がりなさい。 もう一度、泣いた。 そうだ。この人と出会ったのも、こんな雨の日だった。 堅く結んだ男の手は、どんなものよりも、暖かかった。 ―――ん、どうしたキャスター。 ―――いいえ、なんでもありません。こんな雨の中待っていてくれてありがとう。 あなた―――。
by ほすとべが
若奥様って・・・、いいですねぇ。
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