衛宮士郎
彼は夢を見る。 それはそうだ。人間誰しも夢を見て、追いかけ、駆けて駆けて、そして破れる。 「人の夢」と書いて儚いと読むとは誰が言った言葉だ。全く、うまいことを言う。それが真理だからだ。 彼は夢を見る。 それはそうだ。人間誰しも夢を見て、追いかけ、暗闇のなかで手を伸ばし、曖昧な記憶を携えて目を覚ます。 「人の夢」と書いて儚いと読むとは誰が言った言葉だ。全く、うまいことを言う。それが道理だからだ。 いつも彼は背中を見た。 最初は父の。そして次は理想の。もう永遠に届くことが叶わなくなった背中を追い求めて、彼は必死だった。自らを鍛え、理想を武装し、理屈を屈服し、まるで体は抜き身の剣のような頑健さと危うさと冷徹さ。体は剣で出来ているとは、誰が言った言葉だ。 いつも彼は背中を見る。 最初は父の。そして次は理想の。もう永遠に越えることが叶わなくなった背中を追い求めて、彼は必死だった。自らを鍛え、理想を武装し、理屈を受け容れて、まるで体は抜き身の剣のような頑固さと危うさと純朴さ。体は剣で出来ているとは、誰が言った言葉だ。 「昔、貴様のような馬鹿な小僧がいた。それはもう、この俺でさえ率直に馬鹿と言えるような小僧だ」 赤い騎士は軌跡を辿るように言葉をつむぎ出した。少年は赤い騎士と同じ双剣を構えながら静かに耳を傾ける。最早、茶々を入れるべきときではなかった。 「小僧はそれが正しいと信じていたのだろうな。だが、今思えばそれは勘違い。誰もがよくやる勘違いと言う奴だ。正義感とか、そういうものに、小僧は囚われた。全く無念だ」 赤い騎士の双剣が下がり、瞬間的に少年は来る、と直感した。 右か、左か。そう考えていては間に合わない。俺が奴ならどうするか。それを考えろ。所詮、別世界の同一存在。根本は変わらない―――。 二つ同時の一撃は、少年の推測するところと寸分違わなかった。力において彼は劣る。ならば受け流せ。魔力を込めた左足のステップで半円を描くように剣戟を受け流しつつ騎士の死角を獲る。右足で急ブレーキ、それと同時に薙ぎの一閃。が、そこに赤い騎士の体はなく、気付いたときには視界の上に。上空からの運動エネルギーで威力を増した剣戟を、両腕を開いて辛うじて受け止める。 「!」 投影が不十分なのか。偽りの幻想に亀裂が生じる。それはそのまま彼の未熟を意味するのかどうかは彼自身には分からない。だがそれによって少年の意志があの赤い騎士に劣ると見られるのは耐え難いものである。 意地になっていると言われても甘受しよう。全く、子供っぽい我を張っていると非難されても一向に構わない。本当に馬鹿馬鹿しいことだと誰もが思うだろう。 少年は歯を食いしばって魔力を通し続けた。滝のような一撃を食い止め、赤い騎士を弾き飛ばして、二人の距離は五間ほど離れた。そんな間合い、あの騎士なら一息で詰められよう。 不意に、両手が軽くなった。刃に深刻な亀裂が生じた双剣は砕けるでもなく、静かに霧散していった。もう、充分だと言いたげだった。 「そうか、お前はよくやってくれた。よく耐えてくれたよ。でも俺は散るつもりはない」 イメージする。頭にある設計図どおりに構成する。素材を理解し、把握し、想像し、創造し、具現化。 ――もう充分だ。もう立ち止まってもいいのではないか。 「うるさい」 ――無理に決まってるだろう。全ての人を救う方法などあるものか。 「黙れ」 ――子供の浅知恵だな。よくもその醜態で正義の味方などと。 「やかましい」 ――勝てる見込みのある剣は投影できたか。所詮は紛い物であろう。 「それがどうした」 間違っている。奴は間違っている。勝てる見込み?そんなもの関係ない。 なら負ける?おいおい、そんなことはありえない。 だって「勝つ」のだから。これは意志の問題。別に意志の強さイコール物理的、現実的な強さだと自惚れるわけではない。意志だけでは勝てないが、意志なしでは勝つわけがない。 赤い騎士が跳躍する。目にも留まらぬスピードで、とはよく言ったものの、反応できないわけがない。向こうから向かってきてくれるのだ。こっちが大した動きをしないで済むのだから、あとはタイミングさえ間違えなければ済むことだ。そして少年は、そのタイミングを掴み取った。 赤い騎士から鮮血が噴き出す。臍よりやや鳩尾寄りに突き刺さった剣を伝って、少年の手にも血が到達する。熱かった。 辺りは静寂そのもの。元々、真っ暗闇の空間なのでお互い以外に認識できるものは存在しなかった。それは音でさえも例外ではない。 やがて穏やかな語調で赤い騎士は言った。 「……ロングソードか。ふん、宝具でもなんでもないな。だが……」 それで充分か。 そう言って赤い騎士は霧散した。そう、ロングソードのような純朴さと真っ直ぐさ故の強さ。それが、彼の、彼らの強みではなかったか。 暗闇の空間が瓦解していく。主役が一人、退場してしまったのだ。もう幕引きには充分であろう。 「シロウ」 懐かしい声が、呼んでいる気がした。薄っすらと目を開けてみると朝の陽光に金髪が美しく映えている。傍らに正座している少女は端正な顔だちをわずかに歪めて衛宮士郎を覗きこんでいた。 「セイバー。……っと、ど、どうしてここに……!?」 剣兵のサーヴァント、セイバーの存在にようやく気付いて士郎は仰け反った。その反応を少し不愉快に思ってか、形のいい眉毛を少しつり上げて顔を近づけた。 「今日は起きるのが遅いと思って起こしに来たのですが……うなされているようなので失礼して入りました」 「あ、ああ、そうか。ごめん、ありがとう。何てことないよ」 その答えに満足いった様子で大きく頷き、セイバーはタオルを差し出した。思えば、汗が背中にまで濡れ、額も頬も粒になっている。 「どんな夢を見ていたのですか?あ、いえ、差し支えなければ教えていただきたいのですが……」 「……いや、よく覚えてないんだよ」 全くの嘘なのだが、セイバーは「そうですか」と答えるだけでそれ以上何も訊こうとはしなかった。 「あー、いや、悪夢には違いないんだけど、まるっきり悪夢ってわけじゃないから大丈夫。はは、自分でも何を言っているんだろうな」 少しだけ良心の呵責に耐えられなかった士郎はそんなことを口走っていた。自分でも、日本語がおかしいと思う。 セイバーは安堵して、それから赤面した。躾を怠った腹の虫が大きく鳴いたのである。「あっははは、急いで朝ごはん作るよ。着替えてから行くから、ちょっとだけ待っててくれ」 「は、はいシロウ、是非」 目を輝かせて立ち上がるセイバーに、士郎は苦笑しながら思い出して慌てて呼び止めた。 「はい?」 「おはよう、セイバー」 緑の瞳に優しさの陽光が踊って、金髪の少女は微笑んだ。 「はい、おはようございます、シロウ」 Tシャツに袖を通して、朝の陽を浴びながら少年は思う。 ――ああ、今朝も勝てた。 これからも勝ち続けていられるだろうか。 ――勝つさ。だって。 朝ごはんを作ってやらなきゃならない人たちが、待ってるからな。
by タスク=シングウジ
頑張れ士郎くん! 主人公としての面目躍如だ……!!
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