ハツモウデ
――――冷静になって考えてみよう。 士郎は、周囲を隙間なく埋め尽くす雑踏に揉まれながら、思考する。 今日は一月一日。新年明けましておめでとうな日。 去年までの衛宮家では考えられないほど賑やかな年越しを迎え、ようやく落ち着けると思ったのもつかの間。夜も明けきらぬ間に女性陣に連れ出されて柳洞寺で初詣。 ……まあ、それは別に予定していた事だし、まだいい。 (……ただ、問題なのは――――) 首だけを動かして、背後にへばりつく人影を見やる。 そこには、振袖に髪を綺麗に結った白銀髪の女性が一人。苦しそうな面持ちながら、自分の服をがっしりと掴んで放さない。 そして、その恐ろしいまでの(涙目の)眼差しで、まっすぐに凝視されている。 (ここまで嫌われてるのに、俺が迎えに来た事だよな……) その眼差しから視線を逸らしながら、彼女を庇うようにさらに体を前に出して、嘆息した。 (俺、セラになんか嫌われるような事……してるんだろうな) ◆ ――――冷静になって考えてみましょう。 セラは、雑踏に耐えながら力の入らない瞳で士郎を睨んだまま、黙考する。 主のイリヤスフィールに誘われ、不本意ながらも向かった衛宮邸。 ……まあ、文化の差という事で多少の無礼や奇妙な料理は許してさしあげましょう。 そして、初詣という行事。 ……まあ、人間からとは言え、せっかくの誘いではありますし。 リズだけ行かせたら何が起きるか大いに不安なわけですし。 イリヤスフィール様の護衛をしなければなりませんし。 ……せっかく買った振袖もあったし。 仕方なく折れて、同伴したまではよかったのです。しかし。 この予想外の人の多さ。 詣でる前に他の方々とはぐれ、そのあまりの乱雑さに、人酔いという物を体験。 いえ、アインツベルンのホムンクルスたる者、これくらいに潔癖でなければ……! ……とにかく。 はぐれた私を(どうやらはぐれたのは私だけだったらしい)迎えに来たのが、衛宮士郎。 ……そう。別にこの男は悪人ではない。どちらかと言えば善人と呼べるでしょう。 人間の内で好きな部類か嫌いな部類かと問われれば……まあ、嫌いな人間ではないと言えるでしょう。 しかし、やはり主に害を為す衛宮家の人間なのだから――――と。 「セラ――――か?」 不意に、掴んでいる裾の持ち主の声が届いた。 ◆ 「セラ、大丈夫か?」 士郎は振り返らずに、心持大きな声で尋ねた。 「――――え?」 「大丈夫か、って」 ざわめきに顔を顰めながら、士郎が尋ねる。 ようやくその意図を理解したのか、セラは「ぐ、」と悔しそうに顔を歪めて、ぼそぼそと答えた。 「……心配には及びません。これしきの集団など――――」 「……うそつけ。そんなに辛そうな顔してるのに」 顔を見る事はしていない。ただ、さっき見た感じでは、相当辛そうだった。 「う、嘘ではありませんっ! ……ただ、少し不慣れなだけです」 それもそうだろう。普段最小限の人としか接しないのだ。それがこのような、数百人規模の人ごみに放り出されたら、そんなの酔うに決まっている。普段から人なれしている士郎達でも、これにはこたえるのだ。 「そうだな……たしかにコレ、ちょっと多すぎだよな。それにちっとも前に進んでくれないし」 少し油断しただけで、圧し戻されそうになる。早くセラを落ち着いた場所へと考えるが、それは難しそうだった。 「……ごめんな、なんか無理して誘ってさ」 「――――べ、別に。イリヤスフィール様にお供するのは侍女の役割ですから。 あなたこそ残念でしたね。私達がいる限り、毒牙にはかけさせません」 強がるセラの口調に、士郎は嘆息する。 「そんな奴が迎えに来て悪かったな」 半ば諦めの口調。「まったくです」と同調してくれる事を期待して投げかけた言葉。 しかし。士郎の予想を裏切り、セラは驚いたように言った。 「え……あ、いえ。……それには、素直に感謝しています」 (…………珍しい。セラが俺にお礼言ってる) なんだか奇妙な感覚で、むず痒い。士郎は気を紛らわそうと視線をさらに上げた。遠目の境内の方に、心配など皆無でお喋りに興じる遠坂一行が見える。あいつら……。 と、不意に人が大きく流れた。早歩き気味になりながらも、境内へと近づいていく。 もう少しで遠坂一行と合流できる。こちらに気づいた桜・イリヤ・セイバーが、大きく手を振った。凛はニヤニヤと一成と会話をしている。他にも学校の知り合いやらが大勢居るようだった。 (…………正直。こっちの人ごみの方が気が楽なような気がするのはなんでだろう) 眩暈を覚える士郎に、背後から再び声が届いた。 「……それに、なんと言いますか…………周りの色が、チカチカして。 その点、普段と大して変わりのないあなたの服は落ち着きます」 どうやら皆に近づいた事に、気づいていないらしい。青白い顔からは、瞳の力すら抜けている。 さらに少し歩みを速めながら、士郎は周りを見渡した。 ……なるほど。見れば確かに、豪華な和服を着こなす人が多いのか、雑踏は虹色の海に見えない事もない。 いつも以上に(セラが弱っているため)まともな会話が続く事を士郎は嬉しく思った。調子に乗って、素直な感想を告げる。 「……たしかに振袖の人多いからな。でも、それを言うならセラだって結構目立つ着物を着てたじゃないか」 「そ、それは……」 「白と、薄い緑の線だっけ? ……うん。セラのイメージ通り、かもな。すごくよく似合ってた」 「――――そ、そんな事はありませんっ! 私に合うかどうかなどはどうでもよくて……!」 「え、でも似合ってたじゃないか。ちょっともう一回見せてみ」 「え? ――――」 振り返り、セラの着ている振袖を見ようと首を思い切り捻った瞬間。 士郎の眼前に、先ほどよりも大きく映る彼女の顔。 その瞳には、疑問よりも驚愕の色が。 士郎とセラ、お互いがその目。 少しの人波のいたずらで。 遠坂一行の目の前で。 士郎とセラは。 キスを、していた。 「――――――――」 「――――――――」 お互いに見つめあい、唇を繋げたまま無言。 士郎は、セラの振袖を見ようと心なし下を向くように振り返った事が。 セラは、士郎に付いていこうとぴったりとくっついていた事が、それぞれ仇となった。 人波が動く。 よろけるように、二人の唇が離れ、そして人波からも離れて遠坂一行の前に立たされた。 「――――あ」 「――――ご、ごめ……ん」 セラは奇襲を受けた箇所を空いた手で押さえながら、真っ赤な顔を俯けている。 なんとか紡げる言葉を告げて、士郎は前方へと全開で首を直す。 と。そこには、 「シロウ! セラ!! なにやってるのー!!!」 「えーみーやーくーんー?」 「……先輩? 今の、なんですか?」 「シロウ、どうやら年の始めと一緒に人生の終わりも迎えたいようですね」 殺気立った集団が。 あまりの恐怖に、セラも士郎から離れて真っ赤になりながらイリヤに言い訳をしている。 「あ、あはは」 ああ、どうやら先ほど感じた直感はこの事だったらしい。 士郎は自分の自分の直感に感心しながら、一人呟いた。 「……こりゃ、嫌われるのも当然、か」 と。 ◆おまけ◆ 「セラ。シロウとのキス、どうだった?」 「知りませんっ! これだから衛宮家の人間は嫌いなのです!」 「セラ、照れ屋さん」 「違いますっ!!」
by こきひ
セラ・投稿用短縮作。 てか。 着物姿で、 顔を真っ赤にして、 たくさん文句を言いながらも、 自分にくっついてるセラってすごく破壊力ありませんか?(爆 てかすごく難しかったです。お眼汚し申し訳ないです。
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