虎
夜空の果てを染めるのは赤と青の二色。 鉄の衝突音が遠く、彼女の元にまで届く。 戦いの元と彼女の居る場所は距離にして五キロを越えているが、遮蔽物はなく音はそんな場所にまで届く。 「――――んー、体……鈍ってるしなぁ」 彼女は寝ている体を起こすと両腕を思い切り天に突き出し伸び。屈伸運動へ以降し、ラジオ体操に似た準備体操で眠気と体のダルさを取り除く。 「でもまぁ、行って見ますか。イリヤちゃんが居るかもしれないしねぇ」 誰に呟くでもなく、彼女――道着姿の虎のサーヴァント、タイガーは初速から最高速で走り出した。 鉄が交差し、紡がれた音は空気を振動させ、遠くまでその戦いの音を運ぶ。 奏者は二人、楽器は二本の剣と一本の槍。 前者は赤を基準とした軽装を身に纏っている。褐色の肌と赤の色合いは、彼を象徴するモノであるのだろう。 後者は青を基準とした軽装を身に纏っている。栄える青に透き通る白い肌は、歴戦の英雄とは思わせない清潔感さえ感じさせる。 二人は同種の戦士だ。戦士として戦乱の世を駆け抜けた。 ただ、違うのは一つだけ。後者は生きながらにして英雄と呼ばれ、後者は死して知られぬ英雄と成った。 その英雄のあり方の違う二人の戦士は、戦っていた。 理由は単純。戦士が呼ばれたのだから、成す事は戦いだけだ。 白刃と黒刃が一瞬の時間差を持って横薙ぎに振るわれる。 再び鋭い衝突音。 二度、三度、四度、五度、六度。単純な打ち合いから、体を回転させた重さと速度を載せた一撃を二度、不意打ち気味に浴びせたのは下段と上段からの二撃。計六撃。 が、その全てに付き纏うのは鋭い音から一転した鈍い音。 二メートルを越す超得を、時には尻を持ち、時には中心を持って回転させ、時には両端を持って上段の攻撃を受ける。 一進の攻撃を、一退の防御で受けきる。 過度の動きなど必要ない、幾千の戦いで磨き上げた自身の感と経験、そして信頼する最高の武器を二つ――――真紅の魔槍、因果を歪めるゲイボルクと、幾千の戦いを潜り抜けてきた際に磨き上げ続けてきた肉体。 自身の戦い抜いた世界で、最強との誉れを得たモノがあって、負ける道理などない。 剣の動きに隙が生じる。回転を生かしきれず、中途な動きの間にできたのはがら空きの背中。 「おりゃっ!」 気合一言。 縦に中心、横に中心。肋骨の根元の真後ろに向けて槍を突き出す。 瞬間、音が一つ鳴った。 突き出された槍が右横から来る衝撃に流され、前のめりになっていた重心の所為で自身の体も流れそうになる。 が、思考を変化。見えざる相手の攻撃であることは明白だ。一瞬だが、視界に移ったのは白の何か。流される方向に跳ぶ。 空中で姿勢を下げると、四肢を突き出して地面を削りながら止まる。 視界の先に見える赤、その片手に今、一本の剣が握りなおされた。 それは二本のうちの一本、白刃の剣。 「けっ、そんなとこで弓兵としての本領発揮……ってか、アーチャー」 「ふん、オマエとの勝負ならばと合わせたまでだ。だが、そう思われたのなら心外だランサー。この身はこの度弓兵として呼ばれただけでな、別に好みの武器などを持ち合わせた覚えはない」 「かっ」 「続けるかランサー。我らが呼ばれたのはただそれだけの為だ。この戦争を、生き残る為にな」 アーチャーの言葉にランサーは無言で肯定とした。 それを悟ったのだろう、アーチャ−は重心を下げて剣を構える。 空気の流れが変る。二人から放たれる威嚇の魔力が中心で衝突、生まれた余波が空気中にまっている砂埃を左右に飛ばし、視界が明ける。 第二幕。 開始のゴングがあれば、それが鳴った瞬間だろう。 両者が最高速に加速する瞬間。 一つの影が、一瞬で二者の面を打つ。 鉄と鉄との衝突音。二人の言葉。それ以外の三つ目の音、そして四つ目の音が当たりに響いた。 「はーいっ! ストップストップ!」 裾の汚れた道着は長い道のりを走りぬいた証拠だろう。 額に輝くのは運動系の人間が見せる運動の後の輝く汗。 右手に握られているのは虎のストラップがついた竹刀。 この戦争において、英雄王以外の部外者。 あるはずの無い復讐者に続くタイガーのクラス。 赤のアーチャーと青のランサーの間に現れたのは、紛れも泣くタイガーだった。 「一つたずねたいんだけどー、イリヤちゃん見なかった?」 「誰だ」 「なんだてめぇ」 「むぅ、誰一人として質問に答えてくれないのかぁ。まったく、これだから聖杯戦争によばれたサーヴァントは使いずらいっていうか、って、私もサーヴァントか、いけないいけない、棚上げはいけないよっ、ってうわっ!」 タイガ−の言葉が途中で止まる。 赤の剣が竹刀の先で、青の槍がタイガーの顔の横をに突き抜けている。 「ちょ、ちょっとちょっと! 傷ついたらどうするのさっ!」 「うるさい。戦いの邪魔をされただけでも興ざめだってのに、何を長ったらしく語ってやがる」 「…………邪魔だ」 「むぅ、酷い酷い! 私はただ、行方不明になったイリヤちゃんを探して三千里ってただけなのにー。まったく、私の話を聞いてくれないしぃ、黙って話を聞きなさい!」 両手を頭上に突き出しブーブー言い出した突然の介入者に、二人の視線が交差する。 どちらが早いか、諦めの吐息が場を満たした。 膨大な魔力の本流が周囲に満ちる。 タイガーを中心に展開されたのは、デフォルメされた可愛らしい虎の絵の魔方陣だ。 魔術師の禁忌、固有結界――発動。 勝負は一瞬だった。展開された固有結界の馬鹿馬鹿らしい世界は、二人の戦意を完全に喪失させた。 タイガーの脳内論理にもとづき構成された世界は、彼らの信念さえも柔和にして型にはめ込んでしまう。 地面に突き刺さった無数の竹刀を、抜きまくりながら殴りまくるタイガー。 見る者が見れば、例に挙げるは阿鼻叫喚の地獄絵図。 それは全てが終わった頃。 見るも無残に打ち捨てられるは二人の男。 体中に見える無数の痣が、彼らの状況を語っていた。 それはあそこではないどっか。ここでもないあそこでの戦いの日々。 あるかもわからない聖杯を求めた、戦いの場所……。
by 十七夜
すいません、馬鹿なモノ書きました。 題名虎なのに、あまり出番ないし、最後は微妙な終わり方で申し訳ございません。 これで、藤ねえの応援になるのだろうか……。みなさんも藤ねえに一票を!
<<PREV<<
>>NEXT>>
一つ戻る
一覧へ戻る