"逃亡者シロウ！？" by ＪＤＳＦ

駆ける駆ける、
心臓など知るかと言わんばかりに駆ける。
おそらく、現在最速の人間となったかもしれない。
だが、安心はできない。
あの悪魔達にこれでも対抗できるかどうか。
油断すれば命取りだ。
「なんでこうなるんだ？」

時間は遡る

「ふぅ、やっと落ちた。」

朝の風呂上り、念入りに洗った肌は見事に赤く腫れている。
最近まで朝風呂という習慣は無かった。
しかし、新たな居候達によって朝風呂に入らなければ事態が続いている。
そう、アノ人間凶器と白い悪魔である。
何が楽しいのか毎夜、人が寝てる隙に油性ペンでペイントを全身に施すのである。
一度うっかりして、そのまま起きてしまい、大騒動になった。
幸い、藤ねぇが不在だったおかげで穏便に対処できたが、
もし居たら、説明のしようがない。

「……何見てんだ？」

戸の隙間から窺う変質者達。
この現況を作った二人である。

「いえ、もう落としてしまったのかと思いまして。」

シレッと答えるのは白い悪魔ことカレン。

「……今回のは自信作だったんですが……残念です。」

残念そうに悔やんでいるのは人間凶器、バゼットだ。

「冗談じゃない、落とすのに何分かかると思ってんだ！？
只でさえ、食費で切迫しているのに光熱費も上がったら我が家は破算だぞ！？」

現在、衛宮邸での常時滞在者、五名（俺、セイバー、ライダー、バゼット、カレン）
準滞在者、二名（遠坂、桜）
常時来訪者、二名（イリヤ、虎）の計九名。
衛宮邸救済計画協力者、三名のみ。（遠坂、桜、バゼット）
見よ！家計は赤く染まっている。

「まぁ、紳士が女性から金銭を巻き上げるのですか？全くもって、呆れるわ。
いっその事、貴方の血を根こそぎ売れば儲かるのではないですか？」

なぜか嬉しそうに赤い聖骸布を蠢かせながら白い悪魔は囁く。

「私は、キチンと日々の生活費を提供していますよ？
カレン、あなたも士郎クンに多少でも協力したらどうですか？」

おお、流石は大人。もう一人の大人に爪の垢を煎じて飲ませたい。

「別に出さないという訳ではありません。
こちらも養なわければならない子達がいますので廻せないだけです。」

「嘘ですね。」

険悪な表情で嘘吐きシスターを両断するバゼット。同感だ。

「嘘ではありませんわ。
実はもう一人、増える予定なのでその為の準備に必要なのです。」

こっらをチラッと見るその視線は本当の悪魔の視線だと本能は告げる。

「ほう、増える予定とは良い気分ではありませんね。」

序々に戦闘態勢に移行していくバゼットに殺気が灯る。
やばい、ここで止めないと……我が家の安寧が！

「でも、貴方にも都合が良いと思うのですが？バゼット？」

不敵な笑みでその殺気を受け流すカレンは、バゼットに耳打ちする。

「ふむふむ、なるほど。
確かに、私としても魅力的ですが、他の方々がどう言うか？」
「それに対しましては……」
「なるほど、それなら期間限定ですがなんとかなりますし、
例え、セイバーでも押さえ込めますね。」

何やら身の危険を感じる不穏な話が進行している。

「ふ、二人とも何を話して……」

『「シロウ！」』

二人同時に振り返る。
その顔は今まで見たことが無いほど輝かしい笑顔なのだが、
俺には怖気が走る顔に見えた。

「士朗クン、君は山は好きかね？」

「はい？」

「シロウ、やはり海が好きなんですか？」

「なに？」

山？　海？どういう過程をへてそんな質問がでるんだ？

「ちょっとまて、何で海か山が好きかって聞くんだ？」

二人は顔を見合わせて頷き合う。

「確保は私が、貴方は……」
「任せてください、足と布石を１分で用意します！」

「おい、何のはな……ウグッ！」

俺の口を塞ぎ、身体を拘束するのはカレンの聖骸布。

「こういう時は、フィッッッシュ！……で、宜しいのでしょうか？」

んなもん、俺に聞くな！聞くなら港の三馬鹿に聞け！

「用意できました、気付かれる前に早く！」
「判りました！」

「モガモガガガガ！！」
担がれて運ばれていく俺は抵抗もむなしく、
締め付けられた聖骸布によって、深い闇へと落ちていった。

気が付けばどこぞと知れぬ深い山奥に居た。
「守備はどうですか？」
「大丈夫です。伊達に封印指定の称号を保持しているわけではありません。
例えバレタとしても彼の筆跡に似せた置手紙や布石である黒セイバーも
成功させてありますし、今日明日はここには来られないでしょう。」
「素敵ですわ。」
「ええ、素敵ですね。」

朗らかな風景である筈のそれはまるで、魔王と邪神が談笑しているかのようだ。

「後は彼を……」
「ええ、本来こういう事は好まないのですが、形振り構っていられませんから。」
「では、まずはいつも通り……」
「心得てます。」

バゼットの懐より取り出したる夕日に燦然と輝く油性ペン！（大特用７色ペン）
そして、踊るカレンの鮮血の聖骸布。
それがゆっくりと俺に近づき……

これ以後の事はもはや語れない。
何よりも俺の尊厳と心の安寧の為、許してほしい。
一部、明かせれる所と言えば……

「さあ！アンリ！もっと、口汚く罵りなさい！そう、捨て鉢にヤサッぽく！」
「そうでは、ありません。もっとこう、悪っぽく。
全く、不甲斐ないですね。できなければ去勢しますよこの○○！」

というモノだ。
心はもはや汚濁によって汚染され、一片の白地も残っていない。
自我を保てたのは、聖杯戦争のおかげかもしれない。
疲れ果てた二人が、眠りこけた一瞬を突き、俺は逃亡した。
身体も精神もボロボロ。
だが、身体は剣できている！できているんだから！
涙を堪えながら、擦り切れた裸足で必死に駆ける。
もうじき、夜が明ける。
そうすれば、どこか人里へって、よく考えればこんな（アヴェンジャーの）格好で、
降りれる訳ではないんだが、猶予も無い。
気付いた二人は恐らく、いや、必ず追いかけている筈だ。
気配が近づいてくる。
「なんでこうなるんだ？」
深い溜息を吐き出しながら、俺は駆け続ける。

ＥＮＤ