"王様と少年" by 緋一

――夢を見ていた

夢の中には王様が出てきました。
　王様はとても強い力を持っていて、それと同じくらいに強い志を持っていました。
そして王様は一人の少年と出会います。
　少年は王様と似た、でも実は全然違う志を持っていて、でも少年も王様も等しく人の幸せを願っていました。
　ある時少年は王様の志が間違っている事に気づき、それがどうしようも無いほど王様を救わない事に気が付きます。
　それでも王様は自分の貫いてきた志を曲げれるはずも無く、少年とケンカしてしまうのです。
　執拗に王様の間違いを認めさようとする少年はある時気が付きました。
　そう、少年は王様が好きだったのです。
　全ての人を平等に救いたいと思っていた少年は、その時初めて、自分の中に全てを捨ててでも救いたいと願う人がいる事を知りました。
　でも王様は人ではありません。
　王様は国と言う得体の知れない巨大な存在をまとめるために、人でいる事を捨ててしまったのでした。
　それでも少年は言います。
　そんな方法では、王様は救われないのだと。それは間違いなのだと。
　王様は願っていました。
　一人きりの王様は、かつて滅びた自分の王国を、自分が王になる前の時に戻って、そして自分が王様じゃなくなれば王国は蘇るのではないかと思っていたのです。
　でも少年はそれを間違いだと言いました。
　時をやり直す事は間違いなんだと。
　起きてしまったのならそれは結果なのだと。
　そして王様の頑張りは誰にも真似出来ないと、少年は自分の大好きな人を守るために戦うのです。
　少年は怒っていました。
　救われない、分からず屋な王様に。
　分からず屋の王様の苦しみに気づいてあげられなかった回りの人たちに。
　そして理不尽に王様だけが苦しむこの世界に、少年は怒っていました。
　そして王様は気づきます。
　少年の言っていた事が正しいのだと。
　自分は逃げようとしていたのだと、王様は長い長い時間をかけてやっと気が付くのです。
　王様は気が付きました。そして言いました。
　少年に、「貴女が私の鞘なのですね」と、抜き身の自分を納めてくれる、一つの大切な少年と言う鞘を、王様はついに見つけたのです。
　ああでも。
　王様と少年との別れが近づいてきました。
　王様は実はもう死んでいて、少年の前には魔法で現れていたのでした。
　それを判りつつも王様と少年は戦いました。
　一緒に戦いました。
　一緒に戦って、その思い出を永遠に心の奥にしまっておこうと思ったのです。
　だからその少しの時間は無駄ではなく、王様にとっても、少年にとっても、生涯忘れられない運命の時間となったのでした。
　本当の最後。
　全てが終わり、王様の魔法が解ける瞬間。
　王様と少年の間には寂しさはあっても後悔はありません。
　だってこんなにも素晴らしい時間を共有し、お互いの想いを判り合ったのですから。だからそこに微塵の後悔もありませんでした。
　小さな丘。
　朝日が昇ろうとするその背景を背に、薄れ行く王様はこれ以上ないくらいに素敵な顔で言いました。
　「――貴方を愛している･･････」と。
　そうして王様は少年の前から消えてしまいました。
　でも少年も、この出会いが素敵なまま、最後の最後まで素敵な王様に見合う少年になろうと、決して最後まで涙は見せないで王様を見送ったのです。
　魔法が解けたら王様と会う事は二度と出来ません。
　それでも少年は思うのです。
　例えどこにいようとも、どの世界に、時代に生きようとも、王様も、少年も、この同じ青い空の下にいるのだと。
　だから少年は前に進みます。
　王様との、素敵な時間を胸に秘めて。

＃

ふと眼が覚めた。
　ぼんやりとした意識の中、気が付くと目尻が熱く、頬を伝う何かがある事が感じられる。
　少しして、それが涙なんだって言う事に気が付いた。
　どんな夢かははっきりと覚えていないけど、悲しい夢では無かったと思う。
　涙が流れてはいるけど、夢の中の物語はとても素敵だったんだと思うから。
　だから全然悲しくは無かった。
　「――よ、っと」
　いつまでもごろりと寝ている訳にも行かないな。
　珍しく寝坊なんてしてみるが、さっさと朝食を作らないとセイバーがまたうるさいし。桜にまかせっきりと言うのも良くないだろう。やはり、我が家の朝食は俺が用意しないとな。

――トン、トン

布団を片付けているとふすまを叩く音。
　返事をするとふすまを開いてセイバーが部屋に入ってきた。
　「シロウ、起きていましたか」
　「いや、今起きたとこだ。悪い、セイバー。今から朝食の用意をするからさ」
　「いえ、たまにはシロウもゆっくりしていてください。朝食の用意ならサクラがやっています。もうほとんど終わっているのではないでしょうか」
　む。
　失敗したな。
　寝坊したとは自覚しているけど桜の朝食支度が既に終わっているとは。
　「そうか。じゃあ桜を待たせるのも良くないし、さっさと降りようか」
　「そうですね。そろそろ終わっている頃でしょうし、遅くなるとライダーが色々うるさい。それは私としてはとても不本意だ」
　「ははは。まあライダーからお説教を食らう訳にもいかないしさ。行こうか」
　こくりと、セイバーは頷いて部屋を出て行く。
　俺もそれに続いて部屋を出た。
　一階に降りようとしたところ、妙に居間の方が騒がしい。どうやら藤ねえやイリヤも来ているようだ。今日は随分と賑やかな朝食になりそうだな。
　前を歩くセイバー。
　その姿に何処か懐かしさを覚えて･･････
　「あのさ･･････セイバー･･････」
　「何でしょうか、シロウ？」
　「･･････」
　何でだろう。
　何でこうもセイバーの姿が眩しく見えるのか。胸に込みあがってくるこの気持ちは一体何だろう。
　まあ考えていたところで答えが出る訳でも無いし、こんな気分でいるのは悪くない。
　「いや、何でもない。ごめん、セイバー」
　「そうですか」
　そう言うとセイバーは特に気に留めた様子も無く歩みを進めた。
　そうだ。
　別に深く考える事はない。やる事は何ら変わりないのだ。出会いは全てが素敵で、共有した時間もかけがえの無い宝物。
それは偽りなどではなく、確かに俺の心に残るものだ。
　今日も賑やかに朝食を食べて、色々と街を回って見よう。
今日は一日思いっきり楽しい時間を過ごして･･････そして･･････

――この数奇な運命の四日間を終わりにしよう

END