ループザビーフ
「―――はあ」 気がつけば、ため息が漏れていた。 もう何度と繰り返したか分からない事柄(せんたく)故に出てきた、呆れのリアクション。 断っておくが、オレは別に既知の事柄が嫌いなわけではない。未知のもの程ではないが、既知の出来事だってそれなりには気に入っている。初回ほどの輝きはないものの、楽しいものはそれなりに楽しいし、中には繰り返すことによって新たな一面を見せることがある。 もっとも、それも度を越えるとなると話は別だ。味の無くなったガムを延々と噛み続けるよりは、頃合を見て新しいガムを放り込むべきなのである。 が、オレの飼い主もといマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツは、そんなオレの気持ちも分かってくれず、延々と味の無くなったガムを噛み続けるのであった。 「また牛丼屋かよ」 ―――そろそろ終わりでも見たいんですけど。 いつものように牛丼と味噌汁を綺麗さっぱり平らげたバゼットは、箸をくわえてブラブラさせてるこちらに不審そうな眼を向けてきた。 「つまらなそうな顔をしてますね、アヴェンジャー。……何か不満でも?」 「いぃぃえェ、べっっつにィ?」 誠実さ百二十パーセントの声で返すオレ。その誠実さは見事伝わり、彼女の顔が少しだけ曇る。 「分かりませんね。ここの店は量といい早さといいコストといい、食事としての必要条件を満たしていると思うのですが、一体何が不満なのか」 ―――いや、味。ていうかテイスト! 食事において根幹とも言える味を忘れるとは何事か、女将を呼べ。いや、コイツ自身が女将みたいなもんだけど。違った意味で。 まっこと、おっそろしい女である。多分こやつの辞書では、食事と書いて『ほきゅう』読むに違いない。 オレは余程そのことを強く思っていたのだろうか、バゼットの顔が呆れたようなものに変わっていた。 「アヴェンジャー、言っておきますが、私とて食事と補給の区別はついています―――同時にそれの区別すべき時も。今は戦争の最中だ。ならばどちらを取るかは明白でしょう」 「へー、ほー、ふーん」 「……まったく納得のいってない顔ですね」 だってそのセリフは死ぬほど聞いたし、文字通り。んでもって、極々まれに「貴方も毎回同じものでは飽きるでしょう」と言って持ってきたランチは、コンビニ弁当。しかも温めてすらいないヤツ。 いや、感激のあまりに涙が出てきたねアレには。バゼットという封印指定の実行者が、とことんジャンクでヘヴィな生き方をしてるんだなあと思い知った瞬間だった。 ほんと、あっちが羨ましい。誰のことを指しているのかは、あえて言わないが。赤毛とか。セイギノミカタとか。 とりあえずこの場でグチグチ言っていてもしょうがないので、オレはバゼットに交渉してみる。職場環境の改善には、上司とのコミュニケーションは欠かせません。 「なあマスター、話があるんだが。これからの二人の関係を円滑にする為に、欠かせないものだ」 「ほう、貴方がそんなことを言うとは珍しい。食事関係以外のことなら、聞いてあげましょう」 「……………………」 取り付くしまもない。というか、何故にそこまで頑なに拒むのか。 「……なんでさ」 思わず、そんな誰かめいた言葉まで漏らしちまう。それぐらい、疑問なコトだった。 果たしてバゼットは、 「―――待てません」 そんなコトを、 「―――待てないのです」 忌々しそうに呟いていた。 「――――――――」 ……それは、アレか。メシが出来るまで四十秒も待てませんってことか。一分で来る牛丼も実は我慢の限界だったりするのか。 流石にそれはダメット過ぎないか、マスター。 このままでは、バゼットは駄目な子になってしまうんじゃないんだろうか? オレの脳裏に最悪の未来が展開されていく。 コンビニで温めるのを待つことが出来ないバゼット(既に見ている気もする)、エレベーターが来るのを待てないバゼット、信号を待つことが出来ないバゼット……! 実にマズい。何がマズいって、もしそんな事になろうものなら、冬木の交通ルールはオールグリーン、いつだって歩行者天国になっちまう。 「マスター……いやバゼット」 オレは心に一つの決意を秘め、話し掛ける。 「な、何ですか、急に深刻な顔をして名前で呼ぶなんて」 いつになく真剣な―――それこそ愛の告白一秒前って感じだ――オレの言葉に顔が真っ赤になるバゼットだが、今のオレには残念ながらそれをからかっている余裕が無い。いや、ほんとはちっとばかしっていうか、すっげえ未練なんだけど。 だが、これも世の為人の為うちのマスターが行き遅れにならない為。オレは心を鬼にして宣告する。 「ファミレスに行くぞ。反論は聞かねえ」 その後のことを語る必要はあるまい。 恐らくは、誰もが想像する通りの結末が待つだけなのだから――― 「帰ります、伝票を」 「待てや、おい! まだ頼んだもの来てねえよ!」
by 焼き栗
バゼット&アヴェンジャー支援。 花札で出てこなかったのは残念でした(;つД`) いつか出ると信じて、今日も花見&月見酒。
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