"ふたり" by R2

「まったく、騒ぎすぎだろ・・・」
時刻は夜の１０時。周囲には沈黙のベールが降りているにも関わらず、屋敷内からだけは様々な音が溢れてきている。
つい先ほどまでその喧騒の中にいたからだろうか、縁側に来ただけなのにどこか遠くに放り出されたような錯覚を覚える。

「倫敦から久々に戻ってきた遠坂さんを労っちゃいましょう！」といいつつ藤ねえが日本酒を抱えてきたのが夕食後だった。
「そうですね。私も積もる話も色々ありますし、お酒を飲みながら楽しみましょうか。」と遠坂本人が真っ先に飛びついた。
そして現在、居間は酒に酔った虎と悪魔によって地獄と化している。
大声で奇声をあげ続ける藤ねえ。イギリスの食生活について永遠と文句を言っている遠坂。そしてそんなふたりの痴態をつまみにやはり止め処なく飲んでいるライダー。
余り酒が得意ではないオレは、(その惨状から目を背けるためにも)ちょっと涼みに居間を離れたのだった。

春になったとはいえ夜はまだ冷える。
しかし、酔いを覚ますにはこれくらいがちょうどいいかもしれない。火照った頬をひんやりとした空気が撫でる。
「今日は満月か・・・・・・」
太陽とは違う淡い光が、庭一面を白く染め上げる。光と影の曖昧な境界が、神秘的にすら感じられる。
ふとそこで、庭の中央に人影があることに気が付いた。
歩み寄ってみると、そこにいたのは見慣れた影。

「あっ、先輩。」
「どうしたんだこんなところで？」
「いえ、ちょっと酔いを醒ましに縁側にでてみたら、月が綺麗だったんでつい・・・先輩は？」
「俺も同じ。今日の月はホントに綺麗だよな・・・・・・」
しばらくふたりで頭上の満月を眺める。
１０分くらい経っただろうか、少し寒さが身に堪えてきた。
「このままじゃ風邪ひくな。縁側まで戻ろう。」
「はい。」

隣り合って腰掛ける。人のぬくもりが心地いい。。
居間からの喧騒は今だに止まない。
それを聞いて、なぜか安心していた。
「・・・・・・桜は、幸せか？」
意識せず、そう口にした。
何を言っているのか、自分がばかばかしくなる。
急にそんなことを言った自分にもだが、それよりも質問の内容にだ。

聖杯戦争が終わって、日々はほとんど元の状態を取り戻した。
藤ねえやライダーの手によって、日常はさらに活気に満ちたものになった。
遠坂も生き延びた。彼女は桜にとってかけがえのない、大切な姉だ。
そして、俺の隣には最愛の人がいる。
これ以上の幸せがあるのか？考えられる上で最高の状態ではないのか？
なのに今の質問では、俺が幸せでないように聞こえるではないか。
いや、実際は・・・・・・

あまりに唐突な質問だったのに、桜は笑顔で答えた。
「・・・・・・はい、とっても幸せです。」

質問は俺自身に向けたものだ・・・・・・
こんなに幸せでいいのか？俺たちに幸せに生きる資格があるのか？
今が幸せな分、それを失った時が怖い。
自分たちが幸せな分、犠牲になった人々のことが重くのしかかる。
脆く、今にも崩れそうな幸福。多くの屍の上に立つ、血塗られた楽園。
それが崩壊した時のことが、あまりにも怖くて・・・・・・

気が付くと、桜の両手が俺の手を優しく包み込んでいた。
不安で押しつぶされそうだった心に光が見える。
「私はとっても幸せ者です、先輩。
　大好きな人と一緒に、素敵な日々を送ることができてます。
　多くの罪を犯しました。つらい償いの未来があります。
　それでも、私は今幸せです。いえ、幸せでなければいけないんです。」

身体が引き寄せられる。それに逆らわず、桜に寄りかかる。
「多くの犠牲を出しました。
　その人たちの分まで、幸せになる義務があるんです・・・・・・」

ああ、そうだ。
誰にだってなかったことにしたいことはある。
だけど、それは出来事を無意味にしてしまう。
犠牲を無駄なものにしてしまう。
救うこともできず、俺の手でこの世から消えていったセイバー。
俺を助けるため、自らこの世界を出て行ったイリヤ。
なにも知らないまま、黒い影に飲まれた多くの人々。
俺たちには、彼女らの分まで幸せになる必要がある。

だが、時々不安になるのだ。
罪の重さに押しつぶされそうになる。
犠牲者の多さに目を覆いたくなる。
この苦しみがいつまで続くのだろうかと、絶望に目の前が真っ暗になる・・・・・・

気が付くと、桜の腕の中で泣いていた。
子供のように、顔を埋めていた。
それだけで、心を覆っていた深い闇が流されていく。
ただ抱きしめてくれている、それだけで落ち着いていく。
桜の穏やかな目が、俺の心に勇気をくれる。
そうだ、俺はひとりじゃない。
このぬくもりが隣にあり続ける限り、きっと俺は耐えていける。
彼女と一緒に、今を歩いていける。

落ち着いたら、急に眠くなってしまった。
桜には悪いが、睡魔に勝てそうにない。
「お休みなさい。」
優しい桜の声が聞こえる。それに従うように、瞼が閉じていく。

・・・・・・どうか、少しでも長く、このぬくもりを・・・・・・

（終）