乙女画報セイバー
■■ 聖杯戦争が終わってどれだけの月日が経ったでしょうか……あの日以来、剣のサーヴァントである私は、その役目としての振る舞うことが減少していきました。それ自体を悪く言うつもりはありません。争いが無いことは僥倖なことに他ならないのですから。 しかし―――そんな平穏な日々の中で、私は一つの悩みを抱えていました。王であった頃にも、騎士であった頃にも、まったく感じたことの無かったそれに胸中で頭を抱える毎日です。「私は女性的な魅力に欠けているままでいいのでしょうか!?」と。 シロウは「今のままでも充分女の子らしい」と言ってくれます。 そう言って頂けるのは非常に在り難い。ええ、本心からそう思う。シロウがそうであることを望むのならば、今後もそのままでいてもいいくらい―――って、違いますっ!! そうではなくて―――いえ、そう思ってもらえるのは嬉しいですが―――私が言いたいのは「だからといって、その評価に安寧したままで良いのか?」ということなのです。無論、答えは“否”。 きっかけは先日のことでした。 休日の夕刻、買い物から帰宅した凛と桜が、購入した服飾品を広げて戦績を確認し合っていました。バーゲンで買ったと思われる洋服の数々。全身を映せる鏡を前にして、それを着込んでみる彼女たち。「セイバーも着てみたら?」凛はそう言いましたが、ついつい私は騎士であった頃の条件反射で断ってしまいました。 しかし、そんな態度ばかりを取ってばかりではいけないのです!! 現状に甘んじていては、シロウに相応しい女性としていられなくなってしまう!! ……こういった思いを抱くなど、過去の自分には想像もつかなかったでしょう。正直な話、私自身も自分の決意に驚きを隠せません。しかし、自分の女性としての気持ちを偽りたくはないし。剣としてよりも一人の少女として暮らしている時間が長い現状では、そういった思いを抱くのも当然のこと。だからといって“剣としての自覚を失った”というわけではありません。決して。 話を戻しましょう―――新しく購入した服を着込む凛と桜は、私の視点から見ても非常に美しく可愛らしかったと思います。単純に似合っていたというよりも、とても女性らしかったといった感じでしょうか。 本心を告白すれば、羨ましかった。女性的な魅力に溢れた二人の姉妹が。女の子らしい服装の似合う凛と桜が。騎士として生きていた私には、どうしてもその辺りの意識に拙く、疎い部分がありますし。 前述の通り、だからといって拙いまま、疎いままで良いはずがありません。……少なくとも、シロウはこんな私のことを女性として見てくれるのですから。 ―――こうして、女性的な魅力を高める、という目的が私の中に生まれました。 「……………」 とは言ったものの、女性的な魅力を高めるには一体どうしたらいいのでしょうか? 自慢ではありませんが、私は生まれてから大半の時間を王として騎士として過ごしてきました。そのせいか、世間一般で言われている御洒落だとかそういった類の話題はまったく解りません。王として着飾る場も多々ありましたが、それはあくまでも“王”としての立場であり、女性としてのそれとはひどく懸け離れています。 そんな私に具体的な手段など見出せるはずもなく……ああ、そうでした、それだけ疎いからこそ一念発起したのでした……ですが、これでは堂々巡りで終わってしまいます。ううう……どうしたものでしょうか。 挫折するわけにはいかないというのに、早くも挫折せざるを得ない状況に陥ってきた最中、ふと私は一つのことに思い至りました。 そう―――疎いのならば、詳しい者に聞けばいいだけの話! いえ、考えてみれば当然の帰結なのですけれど。私にとっては天啓の如き発想だったのです。以前、大河に余所行きの服を見繕ってもらったこと等を失念していたのは、私の落ち度としか言いようがありませんが。 というわけで、凛の部屋まで赴いて訊ねてみました。後にからかわれることを覚悟の上で、「女性的な魅力を高めるにはどうしたらいいのでしょう?」と。 「え? 女性的な魅力? ……うーん、そうは言ってもねー……セイバーって今のままでも充分に可愛いし、キレイだと思うわよ。正直、その髪質とか肌の張りとか羨ましいもの……セイバーのそれって難しい質問だと思う」 むぅ、そう言って頂けるのはありがたいのですが、それでも具体的な何らかの解答を求めてしまうのは贅沢というものなのでしょうか。 「正直、ね。ううん……でもまあ、思い浮かぶといったら……オシャレとか?」 御洒落……ですか? 「ええと、それは服飾品を購入したりとか……そういう?」 「そうねー。服の雰囲気とか髪型を変えたり……まあ、そればっかりじゃなくて色々だけれど……」 ふむ……ふむふむふむ……成る程っ! さすがは凛です。あんなに私が思い悩んでいたというのに、こうも簡単に活路を見出すとは。いやはや、やはり悩みというものは人に話してみるものですね。 服飾品については手持ちの資金が無いし、選択眼に自信が無いので、今すぐというわけにはいきません。ですが、髪型を変えるぐらいだったら私でも手軽に実行出来そうな気がします。 そして、凛に勧められるまま、幾つかのスタイリング剤とドライヤー、ヘアアイロンといった一通りの道具を借り受け、私は「いざ出陣!」とばかりの心意気で髪型を変えることに挑むのでした。 「……………」 いやー。大変でした。私が思っていたよりも存外に自分の髪というものは扱い難いものでして―――ある程度手順を踏むとはいえ―――長年慣れ親しんだ整え纏めるだけの髪型との勝手の違いに、最初から最後まで悪戦苦闘の連続でした。 まず、髪を解いたはいいのですが、そこから先、どのような髪型にすればいいのかが解りません。漠然とした考えだけで動いていた自分の浅慮を恥じるばかりです。とりあえず、身近な人を例として幾つかの髪型を試してみることに。 最初に試みたのは凛の髪型でした。道具一式も彼女から借りたものということもあり、丁度いいと思ってのことです。彼女の髪型を思い出しながら、肩までかかる自前の金髪をあれこれ弄るのですが、どうにも髪の量が足りない様子。 左右の即頭部で髪を纏め、垂らすことには成功したのですが、後ろに回すだけの余裕が無くなってしまいました。私の髪と違い凛のそれは背中に届くほどゆったりとしたものなので、仕方が無いと言えば仕方が無いのですけれど。 これを機会に髪を伸ばしてみましょうか……その方が女性らしくも見えるでしょうし。 ―――ともあれ、確かに髪型を変えると一見した印象も変わって見えます。 今までそのような機会が無かったからでしょうか。自分の目で見ても新鮮に映るものでした。 だが……この左右で結んだ髪型というのは些か幼すぎるような気がします。髪が足りないせいでもあるのでしょうが……それとは別に、何と言うか……左右で垂れ下がった髪が犬の耳を思わせるのです。 ……ふむふむ……むぅ……。 これはこれで可愛らしいのですが、私が求めているものは小動物のような愛くるしさではなく、女性としての魅力。残念ですがこの髪型は諦めることにしましょう。 「……犬の耳を思わせる髪型で本当に可愛らしかったのですが」 続いて挑戦した髪型は、冬木教会の新たな主であるカレンのもの。常々思っていたのですが、あのようなウェーブのかかった髪を持つ者は私たちの周りにはいませんでした。凛の髪は毛先だけですし。 受け取ったヘアアイロンの説明書を見ながらウェーブをかけていきます。ここに来て、いよいよ御洒落も本格化してきました―――先刻のように纏めて結うだけのものではなく、実際に専用の道具を使用した作業に入るのですから。試しにと癖をつけてみた髪は、見事に緩やかなウェーブを描き鏡に映ります。おおっ……案外と簡単に変わるものなのですね。 と、油断していた私の首筋―――不意に突き刺すような熱さが! 「あ、熱っ、熱いッ!?」 ……くっ、何たる失態ッ。 正直油断していました。思いの他、簡単に出来たことで気を抜いてしまったのでしょう。熱を持ったヘアアイロンをうっかり首筋に触れさせてしまう失態をしてしまったのです。思わずその場で飛び上がってしまう程に。 本当に熱かったです。……あれだけの熱を帯びていれば髪に癖が付くのも頷ける。王や騎士の頃にはまず体験出来なかった経験でした。当然のことですが。 それはそうとして……ヘアアイロンで髪の毛を挟みながら熱さに飛び跳ねる姿というのは、本当、他人には見られたくない光景ですね。特に凛あたりに目撃されたら何を言われることか……かといって、士郎に見られるというのも気恥ずかしくなってしまうのですが。 「ふぅ……部屋にいるのが本当に私一人だけでよかった……」 といったような過程を経て、完成した髪型はまたも私の印象を大きく変えるものでした。普段、端的にまとめている為でしょうか。ウェーブのかかった髪というのもなかなか新鮮なものですね。……なんと言いましょうか、髪の緩やかな様がそのまま全体の柔らかさになっているような感じでしょうか。 何だか騎士として駆けていたのが信じられなくなる―――不謹慎ながら、そう思わずにはいられません。 それからの時間は様々な髪型に摸索した数時間でした。時には参考の為に居間までテレビを見に戻ったり、また時には騎士王時代の女性たちの髪形を思い出したり、乏しい知識と記憶、そして拙い技術を総動員することで色々な髪型に挑戦していきました。 しかしながら、何故か頭頂部の一房の跳ね毛だけは、どのような処置をしても元に戻ってしまったのですが。バネでも仕込んであるのでしょうか? 「……自分の身体ながら不思議に思います」 別段、気に食わないわけではないのですが、どんな髪型にしてもあの跳ね毛があるというのは妙に落ち着きません。 そんな気苦労もあったからでしょうか、髪型を変え始めてから数時間が経過し、夕食の完成を知らせるシロウの声が聞こえた頃には、私の心身は共に疲れ果ててしまっていました。 慣れぬことをしたという証拠なのでしょう。以前の私がどれだけ“少女”というものから懸離れた生活を送っていたかが窺えるものです。……いや、肯定的な考え方をすれば、今の私がその疲労の分だけ“少女”に近づけたということなのでしょう。 うん、そちらの考えの方がより「シロウに相応しい女性になっている」という感じがして、とても良い。 「……ですが、一体どの髪型にしたらいいものやら」 当面の問題はそこでした。新鮮な髪型をたくさん試すことが出来たのは良かったものの、いざその中から一つを選ぶとなると、腕を組んで唸ってしまいます。 両サイドで結ぶもの、後ろで一つに纏めるもの、ウェーブ、三つ編み、先刻に挑戦した様々な髪型が思い浮かびます。しかし、そのどれもが私に頷きを与えてはくれませんでした。 それら全てが似合わなかったわけではありません―――ですが、どこかしら納得のいかない思いをそれらには抱いていました。 どの髪型も私の中で「これだ」と言い切れる程のものでは無いのです。 と、そこまで悩みを抱いたところで時間制限終了。もうそろそろ居間に向かわねば、夕食を待ちわびている皆に迷惑をかけてしまいます。 「まあ、このままでも―――」 結局、悩みと疲れに押し流されるようなカタチで、私は髪型を変えず、纏めることもせず、下ろしたまま居間へと向かいました。 どのような髪型にすべきかは、また食後にでも考えるとしましょう。 居間に辿り着いた私を迎え入れたのは、皆の一点に集まる視線でした。むぅ、確かに少し遅れはしましたが、そんなに責めることもないでしょうに。そう思った私の視界の端、食卓の上に大きな土鍋が用意されていました。成る程、鍋ならば仕方が無い。何せこの季節は格別に美味しいから。 しかし、食事の最中も皆の視線はちらちらと私へ集まっていました。どういうことなのでしょうか? 何か粗相をした憶えは無いのですが。 何か指摘されるわけでもないので、私としても非常にもどかしい。 ややあって、シロウが意を決したように私に話題を振ってきました。 「セイバー……髪型変えたの?」 え……髪型? 結局どれにするのか決めてなかったのに、どうしてそれを……。 「いや、ほらさ……髪の毛、下ろしているでしょ」 あ。 「いつもは風呂上りか寝る時くらいしか見ないからさ、下ろしているの……」 そういえば、髪を解き下ろしているこの状態も髪型を変えた中に入るのですね。 ……しかし、そんなにおかしいのでしょうか? 「そんなことあるもんか! そ、そのさ……いつもの纏めてるのも凛々しくてセイバーらしいけれど、そうやって下ろしているのも女の子っぽくて……すごく良いと思う」 ………………。 「せ、セイバー?」 すごく、おんなのこっぽい? 先刻の言葉を一瞬では理解できず、私は何度も何度も頭の中で繰り返しながら、シロウの言ってくれた一言を噛み締めます。それは、どのような食事よりも美味で、私の隅々にまで浸透するものでした。 ……しかしながら。そ、それは、本当ですかシロウ? 「あ、当たり前だっ。冗談の類でそんなこと言わない―――髪を下ろしたセイバーが、いつもと雰囲気変わってて……見とれてた」 よっしゃー! 私が凛であったのなら、そう心の中で叫んでいたに違いありません。それほどまでに、シロウの言葉は嬉しかったです。おそらく、今の私の顔は自覚しきれないほど真っ赤になっていることでしょう。 そうなのです! 髪型を変えるといっても、無理に変化しすぎることは無かったのです! 少女らしくない。女性的な魅力に欠けている。ずっとそう思い続けてきました。しかし、ようやくそこから進めそうな気がしてきました。今後は日常生活でも髪を下ろす機会を増やすことにしましょう。 散々時間をかけて試した髪型が、ほとんど無駄に終わってしまうような結論だということには―――まあ、多少は目を瞑ることにするとして。 ■了■
by 10=8 01
安野モヨコさんの「美人画報」が美を追求するのなら、セイバーの今作は女の子らしさを追求するという内容で書いてみました。 食ってばかりがセイバーじゃないと思うのですがどうでしょう?
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