"遠方より、遠方へ。" by 能登耕平

誰もいない、今の自分の家に戻る。
セキュリティのしっかりしたマンションだ。大学への距離も近い。家賃はそれ相応だ。
コンパの帰り。意識の飛ばない程度に酒は控えて、タクシーで到着。
連れの女の子は上がりたそうな顔してたけど、今日はそんな気分じゃなかった。
適当な言葉で優しさ見せて座席に残す。タクシー発車。
角を曲がるまで見送れば礼儀は果たした。やれやれ、と息をつく。

新生活は、概ねそんな感じだ。
人の数もコンビニの数も跳ね上がった、古臭く言えば大都会。便利さが雑然さで摩擦される。
出会いの数は多くなった。ケータイも登録一杯でまだ足りない。
底の浅い連中と、それなりの付き合い。元から慣れていた『作業』だ。
田舎モノと侮りたがる連中を、手のひらで転がしてみる。
それなりに楽しんでいる。さほど劇的でも刺激的でもない日々。

だから、か。余計に思ってしまう。
あいつみたいな人間は、どこにいたって異端で、異質で、希少なんだってこと。
出会うほうが、奇跡に近い、ということを。

郵便受けをチェックする。そろそろかな、という予感がある。
…やっぱり。中には分厚い便箋。差出人はイツモドオリ。
ひと月に一度は送られる。頼みもしないのに、欠かされない律儀な定期便。
内容も予想済み。たぶん的中だろう。
いつもと変わらない――――遠いあの街の、日常描写だ。

＊

《兄さん。お元気ですか？　こちらも、皆変わりなく……》

やっぱり。思ったとおり。
缶ビールをあけ、ソファーに身体を投げ出しながら文面に目をやる。
相変わらずの平穏な日々を伝えてくる。ばか丁寧なのは変わらない。
今年は受験生だし、最後の大会も部の引継ぎもあるってのに。
こんな事で時間潰すなと、少し前電話で忠告してやった。

『平気です。それに、お手紙は、私にとって息抜きですから』

返事がこれだ。。嘘じゃないのが始末におえない。
まぁ、グチっぽい事も書いてあるし、いい発散方法にしているようだ。
主にあの悪魔に関して……ふん、仲の良い。姉妹愛ってやつか。
結局、大事な大事な誰かさん、国外に連れていかれちまったんだ。
グチぐらい言いたくもなる、か。

《ろくに電話もくれないんです。確かに、国際電話は高いですけど…》

はいはい、そいつは寂しいだろうな。

《兄さんも、もっと、電話ください。返事の手紙だって、期待してるのになあ》

おい、こっちに当たるなよ。手紙なんて、面倒なことは嫌いなんだ。
……そんな風に。文字と会話しながら、ビールを少しずつ流し込む。
今日は飲みすぎみたいだ。いつもより気分の高揚を感じてしまう。
酒の付き合いもいいけど、必要以上にガード甘くしたくはない。

《そうそう。この間、先輩と、電話でお話したんですよ》

…かけてきたじゃなく、お話した、か。
当然、料金を持ったのはこの国発側だろう。聞いた話じゃ、かなりキツキツらしい。

《それで、兄さんの話になったんですけど……》

…………ん？　ここからちょっと、書き方かえてるな。
んっと……何だ？

《へぇ。手紙続けてるんだ。返事なんてないんじゃないか？　あぁ、やっぱり。
　どうしてるかな？　表じゃ社交的だから、上手くいってるんだろうけど。
　ほら、中々手の内は見せないっていうか。一線は越えさせないっていうか。
　そういうとこあるだろ？　うん。友達、できてんのかなあ。
　……うん、そうだな。たまに電話でも……かけたら、怒られるんだよなあ。
　この電話だって、そっち持ちじゃないとさ。すまん。迷惑かける
　今度、言っといてくれないか？　電話かけてくれないか、って……。
　あー、なんか図々しいよな。いや、止めとく。今のなし。
　ハハッ、うん。電話代くらいは、何とか稼ぐよ。うん。うん。
　それじゃ、また。俺からも、よろしく言っておいてくれ

…だ、そうです。お電話、よろしくお願いします》

………………はぁ？
こういう書き方、好きなんだろうか？　文字が妙に生き生きしてる。
どこで覚えたんだか。育ての家より生まれの血を感じるな。

酒のせいだろう。気分が良い。ボランティアでもしてやるか。
電話をとる。番号なら確かめずとも分かる。……記憶力が良いからだな。
手早く番号押して、酩酊の頭で時差なんかを考える。
まぁいい。出なきゃ出るまで鳴らせば……。

『……はい、もしも……じゃない、えっと……』
「はんっ、何やってんだよ、お前」
『……えっ！？　な、何で……』

びっくりしてる。そんなに感動モノか？　久しぶりの再会（声だけ）は。

『ど、どうした！　何があったんだ！』
「…………失礼な慌てっぷりだな」

＊

うらやましくはある。
あいつは道を見つけた。僕は、今、探している最中だ。
焦るつもりはない。これ以上、何かを失くす心配はない。
またいつか、きっとあの街で。今とは違う僕たちは、再会を果たすだろう。

＊

『……ほんとか？　ほんとに何もないんだな？』
「まったく……久しぶり、だね。元気かい？」
『…………ははっ、うん。元気だ。そっちも、元気そうだな。よかった』

聞きなれた声を肴に、残ったビールを堪能する。
さて。今日はもう少しだけ、後ろを振り返ることにしよう。

[end]