騎士として
騎士として 「王、布陣は終わりましてございまする」 「ご苦労」 こちらに視線も向けず、弟は――正確には妹だが――ただただ前方を凝視するばかりである。しかし、ケイはそれを咎めない。戦いを前に気持ちが高ぶっているということを誰よりも理解しているからだ。 気持ちが高ぶる。それは別に、戦いを追い求める気質から来る物ではない。 大勢、人が死ぬ。優しい王は、その事実にじっとただただ気を張り詰めさせ、耐えているだけなのだ。 その様は、顔を見なくとも痛々しい。しかし、この戦いは絶対に遂行しなければならないものだ。 此度の戦は、アーサーの王権を認めぬ地方領主を討伐するための戦いである。幾度の激突を経て、今では殆どの有力者はアーサーを認めるに至ったが、それでも辺境にはアーサーを認めぬ者も少なからず存在する。 今回は、その反アーサーの中心的な存在を討つ戦いだ。これに成功すれば、ようやく外敵より国を守る体制への移行に取りかかれる。逆に、このまま国内に混乱が続けば他民族の流入は留まるところを知らず、祖国は蹂躙されるだろう。 お世辞にも豊かとは言えぬ国。ローマの庇護無くしては存続さえ困難な国。 それでも、独立してしまったからには生き残らねばならない。戦わねばならない。さもなくば民衆は異民族の奴隷と成り下がろう。 少ない国力を以て戦い抜くには、団結するしか手段はない。だからこそ、国内を乱す芽はどんな小さな存在であれ、刈り取らねばならない。例え巻き添えでどれだけの民衆が地獄に落ちようとも、そうしなければいずれはその数十倍の人間が地下に潜る事となる。 なればこその、此度の戦い。何度か使者を送ったが、返答はその首であった以上もはや連中を許す事は叶わぬ。許せば、ただでさえ団結したばかりの国内だ。少しの隙でも崩壊してしまう危険を孕んでいる。 もはや、戦の回避は無い。 戦力差はこちらが圧倒的に上。確実に勝てるであろう戦いだ。しかし、王が望むは勝利でも名誉でもなく、平和である。大地が血に濡れ、鉄の墓標を天を貫く光景を好んで見たいとは思っていない。 戦うべきとは理解している。剣術は好きだ。しかし、だからといって納得も出来ていまい。 「王よ」 だからこそ、ケイは言った。 「そろそろ騎士どもに突撃の下知を」 ここで声をかけても無意味だろう。既にあの剣を抜いた王は、一国一城の主である。政、軍などの助言は行っても、一個人としての葛藤にまで足を踏み入れる事は出来ない。 自らの意思で、この場所に立っているのだ。気遣いは無用。同情も無用。畏怖も無用。それらはむしろ侮辱に当たる。 王の崇高な意思を果たして誰が理解できるか。自分自身理解できていないかもしれない。 かつて面白半分に、王の剣を自らが抜いたと言った後。どこか穏やかに過ぎる目をしながら件を再度引き抜いた一人の少女。 その崇高な姿は、もはや妹ではなく一人の王だった。だからこそ、一切の柵を捨てて彼女の力となろうとしたのだ。それはもはや兄と妹の関係ではなく、王と家臣の関係である。 そうして、とても速やかにここまで来た。おそらく、これからも王はどこまでも我が道を行くのだろう。自身としても、ここまで来た以上その方針に否やは無い。 しかし、それでもやはりその端正な顔が苦悩に歪むのを見るはなかなかに耐え難いものだ。 「それでは行くか、卿よ」 「は」 涼やかな声と共に、迷い無く歩を進める姿はまさに王者。生まれる前から王となると予言された存在である。これで良いのだと思う反面、しかしどこかで囁きたがる。 ――望めるのなら。どうかこの少女に再び笑顔を、と。 それはきっと叶わぬ夢。魔術師でも叶えられない遠い夢。おそらく、音に聞く聖杯でしか叶えられない夢だろう。 それでも――願わずにいられないのは、きっと己の性だろう。 「……」 剣を抜く。迷い無く敵を倒そう。そうすることのみが己に科せられた役割なのだから。 英雄を救うという者は――それこそ、英雄と呼ばれる者のみなのだから。
by 辰田
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