ある夜。 　新都と深山町を隔てる未遠川にかかる大橋。 　深夜に現れる二つの人影。 　新都センタービル屋上に陣取り、街を見下ろす男の目に彼らが止まる。 　現れた人影は少年と少女。 　ラフな装いでどこにでもいそうな赤毛の少年。 　対する金髪の少女は重厚な白銀の鎧姿。この現代にはありえないと言っていい戦装束。 　とうとう来たか。 　いつかヤツに言った言葉が思い出される。 「新都一帯は私の射程だ。入ろうとする者には―――」 　二人は談笑しながら橋を渡りはじめる。話している内容はわからないがその表情、しぐさが男の目にははっきりと映っていた。 　少年はなにかを懐かしむように、少女はそれに答えながらも怒っているように拗ねているように腰に手を当てているのが見える。 　男は左手に持った弓に剣をつがえる。翼を広げ、宝玉を抱えた女神をモチーフにした優美な剣。広げられた翼がつばになり、女神の腰から脚にかけて艶やかな曲線が刀身を形成している。名は『斬魔獣剣』。 「おまえは例外だ。威嚇なしで眉間を撃ち抜く」 　狙うは少年の眉間。放たれた矢はわずかに上昇すぐに下降し、４０００メートルの距離と１００メートルあまりの落差を四秒あまりで駆け抜けた。 　しかしその矢は的を射ぬくことはなかった。少年の促した注意に少女が応え、手にした不可視の剣によって弾き飛ばされた。 　狙われた少年は少女に声をかけた時から真直ぐにこちらを睨んでいる。 　交わる筈のない視線が交わる。 　互いに見える筈のない敵を認識する。 　男は二本目の剣を現し、弓につがえる。魔王の武器とも勇者の剣とも伝えられる『裂光の剣』。男の視線の先では、少女が少年を抱えて大橋の歩道から一段高い車道へと飛び移るところだった。 　わずかな溜めの後、放たれた矢は再び４０００メートルの距離を駆け抜け、またも少女によって弾かれた。弾かれた矢は虚空にその魔力を撒き散らし、消失する。エネルギーの奔流にもまれ、大橋が悲鳴をあげている。 　弾いた少女はこちらに厳しい視線を送ってくる。その視線には自分たちを脅かす者に対する敵意より、こちらを非難する色合いが強い。 　男―――アーチャーの脳裏に半年前の記憶が浮かび上がる。 　協会の地下、消耗し今にも倒れそうな少女―――セイバーとの戦い。かつての自分、衛宮士郎を殺さんとするアーチャーと、士郎を守ろうとするセイバー。消耗しきったセイバーを退け、あと一歩でヤツを殺せるところだった。しかし、セイバーは遠坂凛と契約し、膨大な魔力を注ぎ込まれ、再びオレを阻んだ。 「―――いいだろう。おまえに関してはオレは本気だ。 　果たされなかった聖杯戦争の再現として、全力でおまえたちを斃しにかかる」 　アーチャーは三本目の剣を投影し、弓につがえた。 　二刀を操るとはいえ、接近戦ではセイバーに分がある。しかしこの距離こそ宝具を矢として放つアーチャーとしての本来のフィールド。 　アーチャーの魔力を受けて、刃幅二寸刃渡り三尺の宝剣は刀身に刻まれた四文字の銘を浮かび上がらせる。狙うはやはり少年――衛宮士郎。ここで標的をセイバーに変えれば、彼女は自分の身を捨ててでもこちらに接近してくるだろう。だが、ヤツを狙う限り二人はあの橋の上から動けまい。 　三度放たれた矢は、その刀身に刻まれた『剛虎吼號』の銘にふさわしい咆哮を響かせて飛翔する。先の二射よりも時間をかけて魔力を込めた一撃は、しかしセイバーの振るう剣にまたも阻まれる。『剛虎吼號』の放つ咆哮、放出される魔力。橋脚がぶれて見えるほどの衝撃の中、最強のサーヴァントはそのマスターともども未だ健在。 　次弾を準備しつつも視線は彼らから外さない。彼らの勝機は二つ。こちらの狙撃の合間に距離をつめ、接近戦に持ち込むか。彼らが持つ唯一の遠距離攻撃にかけるか。 「―――無理だな」 　アーチャーの口からつぶやきが漏れる。 　狙撃を防ぎながら接近するとしても、あの橋からは四キロもある。ライダーならばペガサスに乗れば天空を飛翔し、接近することもできるだろうが、彼らには自らの二本の脚しかない。いくらすばやく移動しようと、このビルにたどり着く前に度重なる攻撃に力尽きて、矢を防ぎきれなくなるだろう。 　彼らがもつ唯一の遠距離攻撃―――セイバーの宝具、エクスカリバー。 　だが、あの宝具は攻撃範囲が広く、もしあの橋から放てば新都一帯を焼き払うことになる。前回の聖杯戦争の彼女のマスターならいざ知らず、あの小僧がそんなことを指示するはずはない。万一放ったとしても、この距離なら十分防ぐ手立てもある。 　魔力を練り上げ、形に現す。次に放つは双頭の槍『ＺＡＡＲ』。音叉のごとく長く伸びた二本の刃が大気を震わせ橋を揺さぶる。槍自身の質量、４０００メートルを四秒弱で駆け抜ける運動エネルギー、纏わりついた衝撃波。それらすべてがセイバーに襲い掛かる。大きくふりあげた剣で弾くものの先ほどまでの余裕がない。そろそろ限界か。 「―――――む」 　アーチャーの視線の先、橋の上でセイバーが大きく腰を落とし構えをとる。不可視のはずの剣が姿を現し、光を放つ。 　来るか、宝具エクスカリバー。意外な気持ちで見つめるが、突如深夜の橋上に現れた太陽に動きはない。 　なるほど、こちらの射撃間隔が次第に長くなっているので、次の矢を弾いて一気に接近するつもりか。 「面白い」 　ならば、次に用意するのはフルンディング――『赤原猟犬』。たとえ弾かれようと軌道を変え、標的を補足し続ける追尾弾頭。ヤツらが守りに入ろうと、こちらに接近しようと関係ない。放たれた矢は射手が狙い続ける限り標的を捉え攻撃を続ける。故に、守りきることも攻めに転ずることもできない。 　一段と膨れ上がるセイバーの魔力に照らされ、大橋だけでなく、両岸の様子までもが闇に浮かび上がる。 　あれほどの魔力、少々の攻撃ではねじ伏せられる。対抗するためにさらに魔力を込め、弦を引き絞る。全ての魔力を、全ての力を。彼らを捉えるために強化していた視力から魔力をまわす。全てをこの一撃に。呼気すら止めて集中する。 　セイバーがさらに腰を落とし、力を溜める。 　ならば、と放つ瞬間。 　橋の上の太陽が炸裂した。残像を残し、光輝はセンタービルに向かい宙を飛翔する。 「――――――！」 　意外な成り行きに驚愕する。ヤツらめ！弾いたスキに接近するのではなく、放ったスキに一気に接近するつもりか！放たれた矢の軌道修正はできないと見切った上で！ 　だが、この五発目は先の四発とは標的が少し異なる。先ほどまでは小僧だけを狙っていたが、これはセイバーも照準に入っている！ 　音速を遥かに超過した速度の中、『赤原猟犬』はわずかに軌道を変え、空中のセイバーに切っ先を向ける。 　剣を振り上げた姿勢で風切音すら後方に置き去りにし、セイバーが跳躍してくる。空中のセイバーは体重移動と魔力放出の偏向で、向かいくる魔剣の切っ先を間一髪でかわす。 　弾かれぬままかわされた矢は第二の標的へと落ちてゆく。 　動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け―――！ 　矢を放ったままの姿勢で硬直した手足に必死で命令するも、全身全霊を込めた一撃を放った直後の体に応える力は残っていない。アーチャーは顔が引きつるのを自覚した。 　マッハ六の衝撃波がビルの屋上を破壊し、振り下ろされた剣はアーチャーの体を両断した。 　自らを切り裂いた光が背後に通り過ぎる中、アーチャーの視界には全身の力を集約して猟犬を切り伏せるヤツの姿が映っていた。本来なら、猟犬はすぐさま立ち上がり、標的の喉に喰らいつく。本来ならば。 「―――第五射から二秒弱。 　六射目をつがえる以前に、剣を構えることも出来ぬとは。 　……少しばかり、本業に戻りすぎたようだ」 　己の特性を最大限に生かし、絶対の優位に立っていた筈がたった一撃で覆された。しかも、遠距離攻撃には接近しての一撃。まさにセオリー通りの反撃。その事実に口元をゆがめる。 「アーチャーの名に恥じぬ一投でした。 　貴方にマスターがいたのなら、この結末にはならなかったでしょう」 「―――は、馬鹿を言うなセイバー。 　アレがいたのなら、そもそもおまえたちとは戦えん」 　―――いや、ならばこそ、この結末には至らぬか。 　振り向くことはしない。 　心の奥底に残る、鮮やかな記憶に名残を惜しみながら、 「せいぜい、このオレに騙されていろ」 　胸の内の感傷などおくびにも出さず、常の彼らしい憎まれ口を残して、弓兵は消えた。

by 高村いなご

初SSですが、うまく書けているでしょうか。
「常世の橋・右」のアーチャーのセリフから、アーチャー側の駆け引き、心情を表現できればと「決戦」をアーチャー視点で書いて見ました。

と、言いつつやりたかったのは四発目までのアーチャーの宝具だったり。
本編では五発目の宝具しか名前が出てなかったので。
昔の小説や漫画のものですが、かなりマニアックなものもあります。(こらそこ、マイナーって言わない)

ところで、このSSのために『決戦』を読み直したんですが、4000メートルを二秒弱で移動ってマッハ六ですか。
アーチャーの放った矢も音速ぶっちぎりっぽいし、もはや人間技じゃないですね。（だから英霊だって）

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