"第一回慎二人気投票対策委員会。" by むにむに。

放課後の校舎。夕焼けに染まる教室、校庭。
　そんな、ささやかだが一種幻想的な風景の中、それは行われていた。

『第一回。間桐慎二人気投票対策委員会』

「えー、というわけで集まってもらった……いや、集めてやったんだけど」
　「む。何よソレ、偉そうに。わたし、帰りたいんだけど」
　「……遠坂、もうちょっと我慢してやってくれ」

不機嫌そうな遠坂をなだめる。
　まあ、不機嫌そうなのは遠坂だけじゃなく、ライダー、アーチャー、ランサー、キャスターもそうだけど。
　逆にご機嫌なのはセイバーとギルガメッシュ（小）。セイバーはお菓子を与えられて、ギルガメッシュは皆で集まるのが楽しいのか、ニコニコと笑っている。
　残りのメンバーといえば、桜は申し訳なさそうな表情を浮かべ、葛木先生はいつものとおりの無表情。
　とりあえず、何事も起こらないよう、俺が努力しなければ。

「じゃ、始めるよ。僕もあんまりヒマじゃないんでね」
　「慎二。頼むから、あんまり皆の神経を逆撫でするようなコトは言わないでくれ」

不機嫌軍団の表情が強張るのがハッキリ分かるから。ぺこぺこと頭を下げる桜。

「じゃあ、今回の議題だけど。ズバリ、僕が人気投票で１位をゲットするにはどうすれば良いのか！？　というコトでね。じゃ、意見・アイデアのある人、挙手してくれるかな。」

すっ、と手が挙がる。その数、５。
　おお、ちょうど不機嫌軍団の総数と一緒だ。……って、手を挙げてるの全員不機嫌軍団じゃないか。

「おっ、いいねいいね。全然期待してなかったけど、少しは役に立つじゃん。じゃ、まず、遠坂」

指名された遠坂が立ち上がる。
　……ごめん、慎二。俺、この後どうなるか分かるよ。

「発表していいのかしら、間桐くん？」
　「ああ、いいに決まってるだろ。早く言いなよ」
　「あははー、じゃ、言うけど」

ああ、頼むよ遠坂、少しは手加減してやってくれよ。
　などと、多分地獄の鬼にお願いした方がまだ聞き届けられるであろうお願いを心の中でしてみるが、通じるハズもなく。

「無理に決まってるでしょ、馬鹿馬鹿しい。これ以上は何の意見も出ないから、帰らせてもらうわ」
　「え」

うわあ、最悪だ！　手加減どころか、全力投球だよ遠坂さん。
　んでもって、うんうんと頷いている不機嫌軍団の皆さん。
　……少しは慎二に優しくしてやってくれないかな。あいつも、そう悪いやつじゃないんだよぅ……。

「さ、帰るわよアーチャー」
　「承知」

がたり、と席を立つ遠坂とアーチャー。って、それだけじゃない。ランサーもだ。

「悪いね。俺もお嬢ちゃんと同意見、っつーことで。バイトあるから、帰るわ」
　「え、え、え」

おろおろする慎二を尻目に、教室を出て行こうとする遠坂、アーチャー、ランサー。
　ああ、駄目だこりゃ。この会議もこれで終わりかなー、と思ったその時。
　救いの手は、思わぬところから差し伸べられた。

「待て、遠坂、アーチャー、ランサー」
　「……え？」
　「く……葛木？」

３人を呼び止めたのは、葛木宗一郎その人だった。
　全員が驚いている中、静かな、しかし重い声で話し始める。

「話し方や態度がどうであれ、間桐は間桐なりに真剣に相談しているのだろう。であれば、相談を受けた側も真剣に対応せねばなるまい。意見を出せとは言わんが、最後まで居てやるくらいの事はするべきではないのか」
　
　おおお、凄い。かなり真っ当な意見だ。出て行こうとした３人も、反論できずにいる。
　……いや、実際、尊敬できる人だよな。葛木先生は。

「う……。せ、先生にそう言われたら、出て行くワケには……」
　「ふむ、もぐもぐ。ああいう、もぐもぐ。態度は、もぐもぐ。王として、もぐもぐ。参考に、もぐもぐ」
　「ああ、宗一郎さま、素敵……」
　「葛木ぃぃぃ！　アンタ、良い人だよ！　教師の鑑だよ！」
　「教師を呼ぶ時には先生をつけろ、間桐」

色々な反応が出てくる。
　……とりあえず食べながら喋るのはやめような、セイバー。

で、仕切りなおし。

「じゃあ、再開するよ。意見のある人」
　「はい」

お。ギルガメッシュが手を。
　大きい方ならともかく、小さい方は頼りになるなあ。

「はい、ミニガメッシュ」
　「み、ミニガメッシュ？　まあいいや。僕思うんですけど。やっぱり人気アップのためには、萌えじゃないかと」
　「萌え？」
　「はい、萌え」

……本気で言ってるのかからかっているのか、どうにも判断がつきづらい。
　これはこれで、やっかいかもしれないなあ。大きいにしろ小さいにしろ、やはりギルガメッシュは要注意人物なのか。

「で、具体的にはどうすんのさ」
　「そうですね。猫耳なんてどうでしょう」
　「却下！　かぶる！　わたしとかぶる！」

ギルガメッシュの意見を一瞬で却下する遠坂。
　いや、まあ、確かにかぶるけどさ。そんなに必死にならなくても良いと思うぞ？
　一応、アレは本人とは別に項があるわけだし。

「え～？　じゃあ、女体化イベントなんてどうでしょう。で、衛宮さんと」
　「「却下！」」

皆まで言わせず、却下する。
　図らずもシンクロする俺と慎二の魂（イノチ）。おお、うぃーあーベストフレンズ。
　あ、魂と書いてイノチと読めない人は、チャンピオン読もうな！

「う～ん、困ったなあ。却下、却下じゃあ。僕、もうカラッポですよ」
　「早！　二つでカラッポかよ！」
　「ええ、カラッポです。子供ですから。意見の貯蔵は十分か？　とか言われても困りますし」

いや、それは誰も言っていないが。

「ちっ、使えないね。他、誰かいないの？　おい桜。黙ってないで、何か意見出せよ」
　「え。わ、わたしですか？」

あ。矛先が桜に。
　マズいな。こりゃ、止めどころを間違わないようにしておかないと。

「そう、お前だよ。何か無いのか？」
　「そ、そうですね。えーっと……」

考え込む桜。と、表情が明るく切り替わる。
　何か思いついたのだろうか。

「こ、これどうでしょう。『妹に優しい兄』！」
　「は？」
　「やっぱり、兄さんの不人気の原因は、わたしにキツいからだと思うんですよ。だから、もっとわたしに優しくしてくれれば、人気アップ間違いナシなんじゃないでしょうか！」
　「そ、そうかな？　っていうか不人気とか言うな」
　「ええ、それはもう！　たとえば、掃除をやってくれたり、晩御飯つくってくれたり、お風呂を沸かしておいてくれたり。それに、宿題をやってくれたり。肩を揉んでくれたり。弓の手入れをしてくれたり」

まずい。雲行きが怪しくなってきた。
　なんか、目が虚ろだし。

「肩を揉んでくれたり。言う事に服従してみてくれたり。ストレス解消させてくれたり。あ、ストレス解消って言っても、死なない程度に―――」
　「ストーップ！　桜、ストーップ！」

危ねえ！　止めるの遅れるところだった！
　いや、もう若干遅れてるみたいなところあるけど。
　最後の方、どちらかというと桜のしたい事になってきてたし。

「え、えーと……。桜？　兄さん努力するから、恨みを溜めるのはやめてくれ」
　「やだなあ。わたし、何も恨んでなんかいませんよ？　ね、ライダー？」
　「わ、わたしに振らないでください、サクラ」

「……煮詰まったね」
　「煮詰まったなあ」

会議開始から１時間。
　さして進展のないまま、時間だけが過ぎて行く。
　ランサー、バイトだからって帰っちゃったし。まあ、本当にバイトに遅刻しそうなんだそうで、葛木先生も今回は止めなかった。
　そしてセイバーといえば、１時間お菓子食べっぱなし。

「おお、これはまた美味な……。シロウ、今度これを買ってきてください」
　「え……。げ。駄目駄目、こんな高いの」
　「む。これは高いものですか。道理で美味……」

我が家では食べられないと知ったからか、またぱくぱくと食べ始めるセイバー。
　くう、周りの「何しに来たんだ」という視線が痛いぜ。
　何故かセイバーじゃなくて俺に突き刺さってるし。

「ねえ、そろそろ解散しない？　わたし、帰りたいんだけど」
　「な！？　ちょ、ちょっと待てよ遠坂、まだ何も―――」

その時。
　大音量で、パイプオルガンの音が鳴り響いた。

「え？」
　「こ、このパイプオルガンの調べ！　まさか！」
　「そうです！　私です！」

声とともにがらりと開く教室の扉。そこに立っていたのは―――！

「お、お前は！　白銀聖闘士、パイプオルガン星座（ありません）のカレン！」
　「何で急にネタ会話になるんですか。はい、カレン・オルテンシアです」

そう。扉の外に立っていたのは、カレンだった。
　足元に置いてあるラジカセは何だろう。いつも持ち歩いているんだろうか。
　ラジカセシスターカレン。……駄目だな。人気出なさそうだ。

「さて、話は全部聞かせていただきました」
　「え。アンタ、ずっと廊下で聞き耳立ててたのか。趣味悪いぞ」
　「そこ、うるさいですよ。ええと、そこの貴方。珍事さんでしたっけ」
　「慎二だよ、シ・ン・ジ！　何だよチンジって！」
　「ああ、失礼しました。慎二さん。どうでしょう。ここは一つ私にお任せくださいませんか」
　「え？　アンタに？」

おお。何だか急展開だ。

「私はシスターです。まあ本来告解は神父の仕事ですが、他人の悩みを聞くのも仕事のうち。さあ、相談されようではないですか」
　「え……。お、おい、衛宮。何なんだよ、コイツ。大丈夫なのか？」

おーい、聞こえるぞ慎二ー。もうちょっと小さい声で喋ろうなー。

「大丈夫かと聞かれれば、大丈夫とは答えにく……大丈夫なんじゃないかなあ」
　「そ、そう？　じゃあ、一応相談してみるかな」

……すまん、慎二。でも、ああも布を揺らめかされると、俺は何もできないのだ。
　まだ死にたくないし。もう落書きされるのは御免だし。

「ＯＫ、アンタに任せてみるよ」
　「そうですか。では、御代はこれくらいで如何でしょう」
　「え？　お金取るの？」
　「当然でしょう。慈善事業ではないのですから」

えええええええええええ！？
　ちょっと待った！　シスターって、この世で慈善事業に最も近い職業の一つじゃないのか！？
　と思って周りを見渡すと、全員我関せず、って顔をしてる。
　あ、いや、遠坂はニヤニヤしてるけど。

「でも、ちょっと高くない？　相談料がコレじゃ、弁護士に相談した方が安いよ」
　「何を言うんですか。これで人気投票１位になれるんだから、安いものだと思いますが」
　「そ、そうかな」
　「気をつけろ慎二！　多分お前は騙されてるぞ！」

思いっきり叫ぶ。ただし、心の中で。

「仕方ないな。じゃ、払うよ」
　「商談成立ですね。では、あそこの告解室へどうぞ」
　「うわ！　いつの間に！」

いつの間にやら設置されていた小屋（告解室らしいが）に入って行くカレンと慎二。
　大丈夫なんだろうか。心配極まりないなあ。

そして、１０分後。

「……出てこないな」
　「出てきませんね」
　「帰ってもいいのかしら」

と、小屋の扉が開いて、誰か出てきた。
　出てきたのは……カレンだ。

「ふう。疲れました」
　「お疲れさん……って、何か疲れるような事したのか？」
　「ええ、まあ。躾ですから」
　「ふーん……躾ぇ！？」
　「やあ衛宮！　何やってるんだい？」

妙に明るい声が響く。
　小屋から出てくるその声の主……まあ、慎二なんだけど。
　しかしその慎二は、何か致命的に慎二ではなかった。

「お、お前……慎二だよな？」
　「は？　何言ってるのさ衛宮。僕が僕以外に見えるのかい？」
　「い、いや見えないけど、何か違うというか……」

慌てて桜を見る。
　―――ぶんぶんと首を振っている。やっぱり、桜も何か致命的な違和感を感じているらしい。
　遠坂はといえば、相変わらずニヤニヤしている。くそう、あくまめ。

「やだなあ、何言ってるのさ。あ、そうだ。人気投票の話だけど」
　「あ、ああ。そうだ。どうなったんだ？」
　「うん。僕、１位を目指すのはやめにしたよ」
　「……は？」
　「正確に言うと、無理に１位を目指すのはやめる、というか。ほら、前回も、１位じゃないにしろ、僕に投票してくれた人はたくさんいてくれたわけじゃん？　そういう人達の気持ちっていうかさ。それで十分じゃないか、って思うワケ」
　「え、え、えええええええええええええええええええええええ！？」

誰だオマエ！　誰だオマエ！　誰だオマエーーーーーー！！
　慎二じゃない！　こんなヤツ、絶対に慎二じゃない！

「に、兄さん……。立派になって……ほろり」
　「あははははははははははははは！　キモい！　キモいわ！　あははははははははははははははは！」

何か感涙している桜と、大爆笑している遠坂。
　どちらかというと遠坂の反応の方が正しいような気もするが、ええい、それは置いといて！

「お、おい、カレン！　アンタだろ、慎二をあんなのにしたの！」
　「そうですが。それが何か」
　「何かって！　いや、おかしいだろ、アレは！」
　「やれやれ。困った人ですね。私は、躾をしただけですよ」
　「その躾が問題なんだよ！　戻せ！　今すぐ戻せ！　遠坂じゃないけど、なんかキモいんだよ！」

桜が「こっちの兄さんの方が良いなあ」とか言っているが、それは無視！

「無理です」
　「は！？」
　「無理です。少なくとも、投票期間が終わるまでは無理です。戻りません」
　「な、何で！？」
　「何でと言われましても。そういう風に躾ましたから」
　「躾って、そういうのじゃないだろう！？」

ああもう、無茶苦茶だ！　やっぱり、慎二を止めるんだった！

「ほら衛宮。そんなに、女性に乱暴に言うもんじゃないぜ」
　「だから、お前は誰なんだーーーー！！」
　「やだなあ先輩。どう見ても兄さんじゃないですか。ね、兄さん？」
　「ああ、そうだよ桜」
　「あははははははははははははははは！　蝶キモい！　蝶キモいわー！　あははははははは！」
　「凛。あまり大声で笑うものではない。はしたないぞ。もっと、冷笑することを覚えたまえ」
　「む。これはまた、美味ですね。値段は……おお、これなら我が家でも何とか」
　「あーあ、結局、僕は何しに来たんでしょうね？　まあ、楽しかったからいいですけど」
　「ふむ。これはこれで、一件落着ということか」
　「宗一郎さま。お夕飯、どこかで食べて帰りませんか？」
　「じゃ、私帰りますから。あ、そのセット、片しておいてくださいね」
　「おおーい！　帰るなよ、この騒ぎの張本人が！」
　「おいおい衛宮。あんまり興奮するなって。ほら、片付けようぜ？」
　「だからーーーーーーーーー！！」

……えーと、収拾がつかなくなってきたので、この辺で終わりたいと思います。
　あの、こんなヤツですけど。……もし良かったら、慎二に投票してやって下さい。衛宮士郎でした。

「おいおい衛宮、何一人で喋ってるのさ。良かったら、僕と進路について話し合わないかい？」
　「……もう、勘弁してください」

おしまい。