"WWW." by 甲斐紅太

―――ただ雪原に雪が降るが如し

意味もなくただ雪が降るが如し―――

この日初めての訪れはなんなのか、そう思い、一人、ただ一人、目を覚ます。

ここに陽は降りず、ここに月は月が在らず、ただ闇にも似た暗さがあるだけ。訪れるものが何なのか。それは大変興味深い。
　意識が外の世界に触れる最初の瞬間。それが色としてここに降りてくる。それは平原を、草海原を染める、雪のよう。
　意識だけが乖離されても残るものがある。

人は３つのものから構成されて、４９に分解される。

４９日を過ぎれば何になるか。

それは一つになると考えられている。確かに、ここは確かに一つで構成されている。誰も彼もその意識を混濁するのではなく、一つになる。カオスと呼ぶにはあまりに違いがある。
　一つは、一人であり、大在であるという謎の領域。

まるでクモの巣のようにつながり続ける、意識。乖離された俺の意識はいったいどこにあるのか。

曰く―――未だ、あそこにある。

曰く―――つながりがある。

映画ではないのだ。生きているものが生き返ることは少ない。生き返る、という時点でおかしなことがある。人は死んだから、生き返る。それは死んでいたと言えるのだろうか。
　死。
　それは肉体の消滅か、それとも精神の崩壊か。

精神だけを別に納められた。だけれども残されたものがある。それとそれはつながり俺が一つになれない理由を創る。
　人とは構成されるものなのだ。共通する意識を持ち、個という多大な色を持つ。その色で、人は区別される。だけれども、何故か。皆、色を区別する。
　青ならば、青。赤ならば、赤。
　本来、青に近いと呼ばれるものに名を与えて区別する。決して青ではないのに青というのに。

そう構成され、共通の意識を持ち、個という強大なネットワークを形成する。

ここにいると良く解る。クモの巣のように張り巡らされて、幾何学模様を描くように増えもせず、減りもせず。
　あまりに強大で、あまりにも一つの名にふさわしい、このクモの巣。

構成しているのは、魂。名前という個別の認識を持ちながら、構成されている。

一片が俺であり、全体が俺であるというなぞのクモの巣。

いや、あそこに含まれていないから、まだ、俺は俺なのだろう。

今日最初の色が落ちてきた。

暖かく、それでも冷たい色。愁いを帯びた理由は何か。俺の存在に気づくいたのだろうか。

人に似せた物。人の形をしたものの中に納まっている俺が。

いや、違う。目を覚ました。その時に、気づいたのだ。

もう、誰もいないのではないかと。

何を馬鹿なことをお前には昨日という記憶があるはずだ。それを辿れば自ずと…あまりにもにぎやかな時間が待っている。

決して一人では生きられない。決して一人では死ねない。

解っているはずだ。その温もりは、誰かに頼らなければ簡単に冷たくなると。

ただひたすら、積もる雪を見る。ただひたすら積もる色を見る。

それは原色に近いことは無い。すべてが、何らかの違いを持ち、降り積もる。

ただ、白に近い色だけが世界に積もる。

乖離された、エミヤシロウの断片を一つにしようと降り積もる。

―――ただ雪原に雪が降るが如し

意味もなくただ雪が降るが如し―――

耐え切れず、声を上げる。

「決して独りではない！断じて独りではない！…俺はあまりにも多くの人々のぬくもりを知っている！」

それは記憶。残された記憶。エミヤシロウが忘れてしまった記憶。人という領域を超えてしまうエミヤシロウの最後の記憶。

「俺は生きている！！」

生と死の輪間で、ただ裏表も無い世界で。

ただ、ただ、眺めている。

消えようとしている個別の意識。

増えていく共通の意識。

いっそ降り積もればいい。

色の中に埋もれてしまえば、少なくとも独りではない。温かみがある。

人の形を模したあの身体の内側に繋がる意識がある。その意識から伝わる色が、暖かく、温かく…

もう眠ろう。

そうすれば、夢が見れる。叶わぬことも叶ってしまう夢が見れる。

色に埋まる。

色に解けていく。

―――ただ雪原に雪が降るが如し

意味もなくただ雪が降るが如し―――

―――ただ、覆いつくすが如し

ただ消えてしまうが如し―――

俺もまたエミヤシロウの色の一つなのだから。

ここは都合の良い夢が見れる。

それは悲しくもあり、嬉しくもある。

それは温かくもあり、冷たくもある。

それが嬉しくて、悲しくて。

ただ、ただ、色を涙で濡らす。

唯一、透明なその色で。

ここは、都合の良い夢が見れる。

なぜなら、エミヤシロウの記憶が降り注ぐ。