"彼へのこだわり" by 霧城昂

「彼へのこだわり」

あたしはその時、あいつの射に感動し、人生で最初の最後の嫉妬をした。

話は少し遡る。
　桜の花がまだ半分ほど残っていた時の事。
　あたしは先輩たちが来る前に道場の掃除を終わらせ、少しだけでも先輩たちに追いつく為に朝練の二時間前にそこに訪れていた。
　昨日よりも一時間早く道場についたあたしは何時ものように着替え、射場に顔を出したのだ。そして、あたしは見てしまった。

――あれ……先客がいる？　あれは確か……衛宮とか言う同級生だったかな。

その衛宮という同級生は弓を持ち、先輩たちが何時も立っている場所に同じように立っていたのだった。

――おいおい、誰もいないとはいえ、勝手にそんな事しちゃやばいんじゃないか？

入学前から弓をやっていた人間などうちの部活にはいない。だから新入生は皆、射法八節を学んでいる段階のはずだ。だが、その衛宮は上級生と同じ立派な弓を持ち、そこに佇んでいた。
　あたしは見逃して彼が上級生に怒られるのも寝覚めが悪い、と彼のその無礼を止めようとした。だが、あたしは足を一歩踏み出したところで彼の姿に違和感を覚えた。

――あ、あれ……なんだ？　何かが違う。

あたしは衛宮の姿を上級生の姿に自然とダブらせて見ていた。当然彼の佇まいは上級生のそれと全く違う――が、彼のそれは悪い方向ではなく良い方向へ……つまり、彼の姿の方が自然に見えたのだ。
　彼はそのまま構えに移った。
　あたしは止めるきっかけを失い、彼の射を見守る形となった。
　彼のその動作は流れるようで、上級生たちのどの動作と比べても彼の方が数段……むしろ比べることが失礼なくらいだった。

――綺麗……

あたしは彼の姿に見惚れていた。
　そして彼は流れるように弓をひき……放った。
　放たれた矢は何故かあたしにはゆっくりと見えた。それは放物線を描くことなく、一直線にゆっくりゆっくり的に向かっていった。
　そしてそれはゆっくりと的の中心に向かい、一寸のブレもなく的の中心へと刺さった。

――すごい……

そしてあたしは気づいた。
　彼のその姿のどこが上級生と違うのかを。
　あたしは悔しくなり、音を立てずにその日の朝は道場を後にした。

あたしはその日から毎日毎日彼と張り合うような言動を取り、彼に勝とうと努力を重ねた。
　だが彼はあたしが追いつくよりも先に弓道部を辞めるのだった。
　あたしは結局彼に勝つことはできなかった。主将となった今日でもあの日の彼に勝つことはできないだろう。
　だが、諦める訳にはいかない。あたしは誰よりも彼の射の実力を知っている自信がある。だからこそ、彼には弓道部に……射の世界に戻ってきて欲しい。
　そして何時の日か彼の隣に並び、そして追い抜いていきたい。
　あたしにとって彼はライバルであると同時に、憧れなのだ。

――勝ち逃げは許さないよ、衛宮。

あたしは今日もあの日と同じ時間に道場を訪れる。
　何時か……あの日の彼と同じ目ができるようになるまで……