"As her scabbard." by 甲子二郎

「・・・？」
　夕食の後。後片付けをして自室に帰ろうとすると、縁側で彼女が空を見上げていた。
　その顔は、いつもの彼女ではない。月はすごくキレイなのに、見上げた彼女の顔は、とてもそれを愛でている様には見えない。
　どこか、見えもしないところを。遠く、遠くを見つめている、そんな表情。

「どうした？セイバー。」
「あ・・・いえ。何でも、ないです。」
　返答も上の空。何でもないなら、そんな顔しないだろ。

「隣、いいかな」
　言って、腰を下ろす。二、三言葉を交わしたが、彼女の雰囲気は変わらない。どうにも気にかかる。

「なんか変だぞ、セイバー。元気なさそうだけど」
「・・・そう、見えますか？」
　無論。いかに鈍感な自分とて、セイバーの変化ならすぐにわかる。それだけに、そんな顔をさせている原因が気になってしまう。

「とても、幸せなのです」
　彼女が、呟く。
「それが、怖い。私一人、こうして過去の罪を拭うことなく、シロウと、凛と、皆と幸せに過ごしている。私は、確かにこんな時間を求めて、願いました。
　でも、こんなことが、許されていいのか、と。手に入ってみると、恐ろしくなった。」

まだ、そんなことを言っている。あれだけ、自分のために笑うセイバーが好きだ、と。
　そう、伝えたのに。
「私は、罪深い王です。民を犠牲にし、家臣を死地に追いやり、果ては国を失った。それなのに、こうして、好きな人の傍にあって自由を謳歌している。そのことが、正しいことなのか、と。」

言葉を失う。そんなことを、言って欲しくない。せっかく、少女としての時を。皆のために、犠牲にしたその日々を、今、生きることが出来ているっていうのに。
「・・・・・バカ」
　ここで、言っておかないと。何時までたっても、セイバーは王様の鎧を着たままの。過去に縛られた存在のままだ。

「シロウ・・・？」
「いいか、もう一回、ちゃんと言うから、聞いて欲しい。
　俺は、セイバーの過去に触れた。お前が王としてしてきたことも、結末も、知ってる。
　でも、それは、皆の笑顔のためにしてきたことなんだろ？だったら、セイバーは、胸を張るべきだ。誇りこそすれ、気に病む必要は少しもない。」

「でも」
　うつむいたその表情は、もう、止めて欲しい、と訴えている。誰だってそうだ。過去に踏み込まれることは、痛いもの。でも、ここで退くわけにはいかない。

「私、は」
「誰がどう思おうが関係ないって言ってる。
　たとえ、世界中が、セイバーのことを、民を犠牲にした王だ、って非難しても、国を守れなかった王だ、って詰っても。・・・その、俺だけは絶対、セイバーの今を、許せる。
　そりゃ、俺がそうしたってどうなる訳でもないかもしれないけど。でも、セイバーのしたことを、間違ってないって、力の限り頑張ったんだって。幸せに、今を生きる権利が、ありすぎるほどあるって言い切れる奴がいる、そのことだけは、覚えておいて欲しい。」

しばし、沈黙が時を支配する。
　解っている。人の過去に踏み込むことが、どういう意味を持つか位は。人の気持ちなんて、他人がわかるはず、絶対にないってことは。
　セイバーの悩みは、セイバーだけのもの。だから今、俺が言える精一杯のことだけを。どう思われてもかまわない。ただ、正直に、口にした。

「シロウは、優しいのですね。」
　重い沈黙を破ったのは、彼女の言葉。
「え？セイバー・・・」
　とん、と。彼女が、俺の胸に顔をうずめてくる。気恥ずかしくて思わず顔を赤くする。
　・・・それでも。
「もうしわけ、ありません。・・・でも、貴方の優しさに、縋っても、構わないですか？シロウ・・・。今だけ、こうして、居させてください。」
　肩を震わせている彼女を、そっと抱きしめて。
「バカ。今だけ、なんて言わないでくれ。俺は、お前の鞘、なんだから。」
「・・・っ」

声を必死に押し殺しながら、泣いている彼女を抱いたまま。
　もう一度、衛宮士郎は決意する。
　そう。自分は、彼女の鞘であり続けよう。
　抜き身のまま、彼女が壊れてしまわないように。
　いつまでも、彼女を守れる存在で、彼女が還ってこられる所で、あり続けるのだ、と。

その思いを、今宵。この美しい、月に誓う。