ライダーと自転車
「あとは乾くのを待って……うん、待ってる間に少し休憩しようかな」 作業の手を休めて外の空気を吸いに土蔵から出る。 「はー、さすがにちょっと疲れたな」 んー、と固まった体を大きく伸ばす士郎。 「……お、ライダー?」 士郎が周囲を見渡すと庭にはどこか挙動不振なライダーが居た。 「し、士郎? どうかしましたか?」 「どうかしたのかってのは俺のセリフなんだけどな。何やってたんだ?」 「っ!? な、何でもありません」 「そ、そうか? ならいいんだ」 あからさまに動揺を見せるライダーを訝しげに見つつも深くは問いただそうとしない士郎。 「そうですか。そういう士郎は土蔵で何をやっていたのですか?」 今度は逆にいつもの落ち着きを取り戻したライダーが士郎に問いかける。 「ん、俺か? ちょっといいものを手に入れたから弄ってたんだ。多分だけど、ライダーも気に入ってくれるんじゃないかな」 「私も、ですか?」 士郎の言葉にライダーが珍しくきょとんとした気の抜けた表情を見せた。 「おう。期待してくれてもいいと思うぞ」 「そうですか。でしたら、期待しないで待っておきます」 ふ、と笑みを浮かべてライダーは家の中へと消えていった。 「……ちぇ、少しくらい期待してくれてもいいのにな」 少々不貞腐れながらも士郎は軽いストレッチを済ますと再び土蔵に戻る。 「うん、思った通り乾いてるな。空気が乾燥してるから乾きが早いや」 幾つかのパーツをチェックしながら満足げに頷くと早速組み立てに掛かる。 「よーし、完成。あとは油を差して……うん、完璧だ」 腰に手を当てて満足そうに頷くと今し方完成したものを外に出す。 「お、ライダー、丁度良かった、ちょっとこっち来てくれないか?」 ちょうど庭に面した廊下を歩いていたライダーに気付いた士郎が彼女を呼ぶ。 「士郎? 何でしょう」 呼ばれたライダーは気にした様子もなく士郎が呼ぶ方へ寄っていく。 「うん、暇だったらでいいんだけどさ、コレの試運転してきてくれないか?」 「確かに暇を持て余していましたが……士郎、見たところコレは一号とは違うようですが?」 「ああ、一号は俺が使うことを前提にチューンアップしてあるけど、これは完全にライダー専用にしてあるんだ」 ぱしぱしとサドルを叩きながら士郎は楽しそうに笑う――が、ふと表情に翳りを見せた。 「――それに、最近いつの間にか一号を乗り去ることが増えてるだろ」 「……私専用、ですか」 士郎の文句は無視して、値踏みするような目付きで目の前に鎮座する自転車を見る。 「うん。何でも雷画じーさんが懸賞で当たったとかで、でも、あのじーさんはバイクだから持ってけって俺にくれたんだ」 それは、士郎の愛機である一号と同じビアンキの最新型。 さらには、士郎の手によって強化の魔術が掛けられていて耐久性もしっかりと補強してある。 「でさ、試しにちょっと乗ってみてほしいんだ。それでここをこうして欲しい、とかっていうようなのがあったら教えてくれ。要望には出来る限り応えるつもりだから」 そう言って、玩具を与えられた子どものようににこーっと笑顔を見せる士郎。 「そうですか……分かりました。私の我侭のために態々ありがとうございます」 ぺこり、と頭を下げたライダーに士郎は手を振る。 「いいよ、俺が勝手にやってることだから。俺は風呂で汗とか汚れを落としてくるから、帰ってきたら感想を聞かせてくれよ」 「はい。恐らく沢山の注文をするでしょうから覚悟しておいてください」 「げ、それはちょっと嫌かな」 「ふふ……それでは行ってきます」 蟲惑的な笑みを残してライダーはゆっくりと庭から出て行った。 「良かった、喜んでもらえたみたいだな」 ライダーを見送った士郎は一路、風呂へと向かう。 だが、彼はのちに今回のことを後悔することになる。 というのも、かつて一号を乗り去ろうとしているライダーに遭遇した士郎が危惧したとおりのことが起きるからである。 ライダーがマシンに与えたエネルギーを忠実に速度へと変換するだけの強度を持たせたために、ロケットタイガーに勝るとも劣らないクレイジートレインが誕生してしまったというわけだ。 さらに、この後数日に渡って毎日のようにライダーの注文通りに改造をさせられる士郎の煤けた背中が見られたとか。 見事に衛宮家のパワーバランスは崩れ、士郎の立場はますます下位に落ちたとのことだ。
by 須木 透
一応、ライダーさん応援SS。 でも、投票は凛とネコさんに入れているというだめっぷり。 第一回の人気投票には参加できなかったので、今回は参加できて満足です。
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