"英雄王・金の大嵐（タイラン）" by 隆一

────ごう、と、風が湧き起こった。

炎を孕んだ金色の暴風は、新都の公園だった土地を一瞬のうちに焼きつくし、その地を瞬く間に焦土と変えた。
　公園に犇いていた黒い大軍はその風に飲み込まれ、或いは荒々しい風に切り裂かれ、或いは紅蓮の炎に焼き尽くされ、欠片も残さず消し去られていく。

もはや公園は原型を留めていない。
　かつてここで繰り返されていた、穏やかな日常を根こそぎ払拭するかのように、薙ぎ払われ瓦解した大地は、撒き散らされた血液すら瞬時に蒸発して乾いていく地獄のような様相を見せて、炎と風に晒され崩れていった。
　その中にひとり、黄金の王が立っていた。
　全ての命を噛み砕くような焼け爛れた不毛な地の中央で、湧き上がる炎に赤く照らし出されながら彼は金色の髪を風に揺らし、浅く、ぞっとするような冷酷な笑みを零していた。

彼の纏う金の鎧は下半身を覆い、そこに目の覚めるような鮮やかな緋色の布が揺れている。
　覆うものなく肌を見せる上半身には刻印のように赤い文様が走り、炎に炙られた白い肌を彩っていた。
　吹き荒れる暴風に、髪と共に純金の耳飾が揺れ、身じろぎ一つせずに佇む彼を嬲って突風が吹きぬけるたびに、首に掛けた、紅玉髄を連ねた装飾が互いに揺れてかち合い、僅かに硬質な音を立てた。

炎に炙られた空気が膨張して、場を蜃気楼のように揺らめかせた。
　全てが茫漠とかげろう場の中で、その揺らぎと静寂を破り、────突然、夥しい数の黒い獣が唸り声を上げながら、牙を剥き出しにして彼へと疾駆した。

その数は既に把握しきれない。
　無数とも言える獣達が赤く焼け爛れた焦土を踏んで、彼らは真一文字に黄金の王へと襲い掛かる。
　その牙で、その爪で、目の前の得体の知れない脅威を滅ぼそうと暴力を束ね、一心不乱に駆け集う。

────王は嗤う。
　その様を睥睨するように眺め、口元を邪悪に歪ませて、愉快げに嗤う。
　見る間に場を埋ずめた黒い漆黒の波。
　怒涛のように自分へと押し寄せるその夥しい闇の前で、彼は何事もないかのように無造作に片手を上げて、ぱちり、と軽く指を鳴らした。

途端、煌びやかな宝具群が天を突き破り、虚空を埋めた。
　それはまるで矢のように、王の采配をもって解き放たれ、一斉に場に降り注ぎながら地に突き立って圧倒的な破壊と変じて、爆風にも似た暴風を生み出しながら辺りをことごとく薙ぎ払った。
　耳をつんざく轟音が、わんわんと場に響き渡る。
　無数の宝具は雨のように間断なく降り注ぎ、大地を砕き、大気を切り裂き、全てを飲み込んで破滅させていく。

美しい宝具の軍隊は、身に帯びた神秘に刀身をまばゆく輝かせながら、主の命ずるままに圧倒的な火力で全てを灰燼に帰していった。
　獣はその破壊に飲み込まれ、打ち砕かれ、なす術もなく身を破裂させながら風と炎に溶けていく。

「────まったく」

断末魔の絶叫が辺りを染め上げる凄惨な阿鼻叫喚を前に、彼は冷淡な瞳で場を睥睨した。

「つくづく鬱陶しい」

その声に噛み付くかのように、場に馳せ参じた新しい獣達が、後から後から湧き上がり、仲間の屍を踏みしだいて黄金の王へと再び疾走した。
　それは或いは単身で散弾のように飛び掛かり、或いは仲間と身を繋がらせ、束ねた一つの邪悪な悪意の固まりとなって身に帯びた幾千幾億もの無数の呪いを爪と牙に滴らせ、まるで巨大な一つの生き物のように、王へと押し寄せた。

束ねられた無数の力。
　底尽きぬ無数がゆえに、その力もまた無限。
　自身を押し潰そうと収束したその強大な力を前に、彼は金の髪の下で、口元に浮かべた笑みを赤い炎に残忍に染め上げた。

「まあ、良い」

そうして彼は腕を上げると、虚空から一振りの剣をすらりと抜き放った。

「────そうでもなければ、今宵はつまらぬ」

美しい黄金が、場を染め上げる炎に輝く。
　金に彩られたその剣の刀身は光を飲み込むように黒く沈み、その表面に幾何学の赤い文様を赫々と浮かばせる。
　三列の円柱からなるその漆黒の刀身は、互いに食い違いながら緩やかに回り、空気を巻き込み風を吐き出しながら、次第にその回転を早めていく。
　漆黒の刀身の中で赤い文様が皓々と輝き始め、まばゆいばかりの黄金の輝きが剣から噴き出すように溢れ出た。

空気を裂く、鋭い暴風が辺りを駆け抜ける。
　剣から湧き上がった粒子ともつかない光が、吹きすさぶ豪風に乗って大気を黄金に染め上げる。
　刀身の回転は更に加速をもって高速へと変わり、その回転に絡められるように収束し、ぎりぎりまで加圧され押し潰されて圧縮された膨大な魔力が、白い光を零して明滅するようにスパークした。
　それは、渦を巻いて解放を今か今かと待ち焦がれながら、空間をぎしぎしと軋ませる。
　抗うことのできない圧倒的な破壊を集約した至高の剣を手に、ごうごうと暴風に煽がれ、髪を揺らし身を飾る緋色の布を翻しながら、彼は闇を切り裂く強烈な白光に身を黒く浮かび上がらせて、その一切の慈悲のない赤い瞳を闇へと投げ、凍てつくような冷笑とともに残酷なほどに冷酷な声音で彼らへと朗々と叫んだ。

「せいぜい踊れ、雑念ども！！　その身の砕け果てるまで！！」

黄金の剣が振るわれる。
　収束された破滅が解き放たれる。
　一拍の、耳鳴りのする僅かな無音を挟んで、楔を解かれた金の光が轟音と共に空間を押し潰し、世界を一閃に断絶させた。
　乱れ集う暴力を従えた、全てを飲み込む金の大嵐（タイラン）が、次元を裂き、事象を捻じ曲げ、この世に地獄と虚無を顕現させる。

────それは、まるで人の手の及ばない自然という強大な暴力が、圧倒的な力をもって人類という種を一息で掃滅するように、太古の王は抗いがたいその強大な力をもって、天罰のように無数の闇の獣を抵抗も許さず深い虚無へと叩き込み、一瞬で殲滅し尽くした。

────空を見上げれば、浮かぶ月は黒く
　虚空には純白の虹が掛かっている。
　夜明けはまだ遠く、闇は夜の底に凝って地を埋め尽くし、呪いを吐き散らして夥しく蠢く。
　遠雷はなおも鳴り止まない。

黄金の王の催す饗宴は、更なる悲鳴と凄惨を飲み込み、延々と続いていく。

────この幻の世界が終る、終焉のその時まで。