春雨
―――夢を、見た。 「…昔の夢―――」 その日は雨で。春先のある日、私は自室で窓景色を見ていた。 「……静かな雨……」 雨は好きじゃない。何時かの嫌な事を思い出すから。 何度も人の「死」を見てきた。言峰と逢うまでには、既に平気になるくらい。 ランサーとも出会って、色々な事があった。 聖杯戦争、アヴェンジャー・アンリとの短い時間。 あれから一年。アンリは居なくなったけど、今はランサーが居てくれる。 やっと…彼と共に生きていける。 「バゼット?」 扉を開ければ、紅い髪の女が窓にもたれかかっている。 雨が降るといつもこうだ。何か特別な思い入れでもあるのか。 ……まあ、俺が気にすることはねぇな。 彼女の隣に近づいて、適当な所に腰を落とす。 「…昔の夢を見ていました。貴方と逢った日の事を」 「随分と昔だな」 「あの時も、雨が降っていましたね」 「………そうだったな―――」 そう、ランサーを召喚した夜も、雨が降っていた。 アジトを決めた洋館…エーデルフェルトの館で私は彼を召喚した。 ずっと救いたいと思ったアルスターの英雄。幼き頃からの憧れでもあったから。 「ランサーのサーヴァント、ここに召喚されたし。…問おう。お前が俺のマスターか」 「あ……っ……」 信じられない。まさか、本当に『彼』を召喚できるなんて。 蒼き髪に蒼と白銀の鎧。その真紅の瞳こそ、間違いなく私の憧れた――― 「―――バゼット=フラガ=マクレミッツ。今、この時より貴方のマスターです」 「フラガ……虹色剣の名か。いい響きだ。アンタ、出身は?」 「……?私は英国ですけど…それが何か?」 「イギリスか。まあ近いって言えば近いな。フラガ……ま、いっか」 『今より、この身はお前の槍となろう――――』 「あの時ゃ、まさかお前の一族が『伝承保菌者』とは思わなかったがな」 そう言って彼は、私の持つ鉄球を取り出し、くるくると回す。 何かを懐かしむように… 「俺たちとは違う宝具の現物。数千年経った今、コイツと出会えた事は奇跡に近い。 いや、伝承することすら難しいのに…つくづく、律儀な連中だぜ」 「それは私のせいではない。感謝するなら、始めた先祖にしなくては」 そう、私の持つ武器である鉄球の名は「アンサラー・フラガラック」。 起源は遥か神話の時代まで遡る。 『斬り抉る戦神の剣』の二つ名を持つように戦いの神ルーが持つとされた魔の剣。 光・太陽を意味するルー神はクー・フーリンの父親でもある。 彼のゲイボルクとこの剣は時間の呪いを有し、天敵となるもの。 カウンター攻撃に特化しているので、「後より出でて先に断つもの(アンサラー)」と 呼ばれるのはそのためだ。 何故私の一族がこれを伝承していたのかは判らない。 でもそのおかげで彼を召喚できた。 失くした左腕はもう戻らないが、今はこれでいいと思う。 「…それ、まだ痛むのか」 「いえ、痛みはありません。ただ、外に出ない時は義手を着けない様にしているので」 「そっか…まあ、令呪が無くとも俺はお前の槍だって、約束したからな」 腕の無い左袖にそっとキスを落とす。 女の左腕には令呪があるはずだったが、言峰神父に奪い取られた。 それから半年後。生きているとは思わなかった。でもこうしてまた逢えたから。 今度こそ、交わした誓いを守り抜く。 「―――もう、離さない」 「――離れたくない…私も」 私の身体を引き寄せて、彼は後ろから抱きすくめる。 首に回された彼の手にそっと、自分の手を添えて窓の景色を見続けた。 雨はまだ降っていたけれど。 私達の心は今やっと、暗闇という雨から晴れてくれた―――
by 楓 櫂樹
ホロウから1年後の春、ある日のランサーとバゼットの話です。 投票は違う人にしちゃったけど、蒼主従も他の人も 好きです(笑)。なのでSSで応援してみます! 上位目指して頑張れ蒼主従!(笑)
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