実に彼女らしい、飾り気のないシャンプーの香り。
ふくよかな胸の上下に合わせて、かすかな吐息が頬にかかる。
「まったく、弱いなら弱いって言えばいいのに……」
すっかり赤くなってしまった顔をごまかすかのように、夜の縁側でひとりごちた。
−
「バゼットさんとカレンちゃんのー、五日間滞在記念よー!さあさあ飲め飲め紳士淑女の諸君!」
いつものごとく適当な理由をつけた藤ねえが一升瓶を片手に現れ、どんちゃん騒ぎを始めた時のこと。
「メイガス。お酒は飲めるのですか?」
セイバーがどことなく挑戦的な目つきでバゼットにたずねる。
この二人は妙なところで馬が合うのか、ことあるごとに競争意識を燃やす傾向があった。
「人並みには。そういう貴方こそ、そのような小柄な身体で飲酒を?」
「王たる者、飲めなくては臣下に示しがつきませんから。ふむ、それではどちらが飲めるか試してみましょうか」
「……いいでしょう、望むところです」
セイバーは元王様ということもあって結構いける口だったはずだが、バゼットも飲める人だったのか。
とりあえず家計は気にしてくれよーと内心ハラハラしながら、次々とグラスをあけていく二人を眺めていた。
そして、数時間後。
「しーろーおー、おつまみ切れたぁー!ささーっと作ってきて、ささっと」
「はいはい」
料理と後始末に翻弄され、結局一滴も飲めない俺がいたりする。
がっぱがっぱと酒をあおって既にべろんべろんの虎は置いといて。
「バゼット、大丈夫か?」
立ち上がったついでに、未だセイバーと地味な勝負をしているバゼットに声をかけた。
すっと背筋を伸ばしたいつもの座り方を見るに、まだまだ平気そうだが……
「少しの安心が大丈夫です、この程度の問題は量がありません」
淀みなく理解不能の返答をしたバゼットは、完全に目が据わっていた。
−
酔いを醒ます為に夜風に当たろうと縁側に座らせると、案の定相当限界だったらしく、
バゼットは数秒も経たないうちにコテンと眠りこけてしまった。
寄りかかってきた身体を避けるわけにもいかず、こうして背もたれ役を甘んじて引き受けているのだが。
「ん、ぅ……」
まあ、なんというか。
俺も一応健全な青年男子であるからして、その、
スーツ姿の印象よりずっと薄い肩とか、
胸元から覗く赤味がかった白い肌とか、
身じろぎするたびに漏れる甘い声とか、
そういうのは非常に困ったり喜ばしかったりする。
「おーい、バゼットー?」
呼びかけてみても返事はない。
すやすやと寝息を立てて、すっかり寝入ってしまったようだ。
「こりゃ朝まで起きないな……」
しかしまあ。
職を求めて町を駆け回ったり、どこぞの陰険シスターにちょっかいかけられたり、
いつも眉間に皺を寄せているイメージも相まってどこか固い雰囲気の彼女だが、
こうして無防備な姿を見ると、やはり歳相応の女性なのだと改めて思う。
普段はなかなか隙を見せないだけに、そういう面が見れる立場にあるというのは、やはり嬉しい。
「信頼されてる……って考えても、いいのかな」
理由はわからない。が、それでいいのだと思う。
こんな表情を見せてくれるなら、それはとても名誉なことだ。そもそも、
飽きるほどこの女の寝顔を眺めてきたオレですら、
安心しきった寝顔というのは中々にレアなのである。
「―――あれ」
一瞬、めまいがした。
前後が倒錯したような、奇妙な感覚。
「……俺も酔ってるのかな?」
きっとアルコールの臭いにあてられたのだろう。通りで、夜風に当たっても顔がやたら熱いわけだ。
おぼろげに輝く月を見上げる。
もう少し、月明かりの下でこのあどけない寝顔を眺めてさせてもらおう。
腕が痺れるまで耐え抜いた優秀な背もたれ係である、これくらいの報酬を貰っても罰は当たるまい。
その後、一向に目を覚まさないバゼットを寝室に運ぶ途中、仲良く居間から出てきた遠坂と桜に見つかり、
酒の勢いで色々勘違いされた挙句さすが姉妹とも言うべき素晴らしいコンビネーションコンボを食らったのだが、
やはりあの報酬は背もたれ程度では足りなかったらしい。
天罰とはかくも厳しいものである。なんでさ。
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バゼットさん&士郎君+αの応援絵+SS。
ふとした拍子に弱さが見えちゃう完璧になりきれないお姉さんと、面倒見ながらいちいち顔を赤くしてしまう純朴な弟分。
藤ねえやアヴァンジャーとはまた少し違った、ほのぼのコンビだと思うのです。
衛宮、衛宮君、シロウ、士郎と色々な呼ばれ方をする我らが主人公ですが
「士郎君」と呼ぶのはバゼットさんだけ!
という訳で、新旧主人公のこの二人を宜しくお願いします。
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