"妄想ブロードブリッ爺" by 瀬浦忍

夜を支配するのは闇。
　その闇を支配せんと蠢いている、闇よりも尚昏（くら）い──

「く──！」

異形、としか形容できないモノが、街を埋め尽くそうとしている。

それが何なのかはわからない。 
　それが何時からなのかはわからない。

わかるのは、ソイツが自分にとって『敵』であるということだけ。

眠りの淵に辿り着こうとしていたその刹那。 
　自分の躯に流れる血が教える警告を聞いた。

気付いてはいたのだ。気付かなかったことにして、また繰り返そうとした。 
　だって、面倒な揉め事なんて御免だったから。 
　誰だってそうだろう？自分の身に降りかかる災難を喜ぶヤツなんていない。そうなることがわかっているのに自分から飛び出していくなんて、誰かみたいにそんな馬鹿げたことはしない。出来ない。

しかし。

そうだ。 
　この身は、あの戦争を体験した。 
　魔術師の、戦場を。

かりそめとはいえ、あの喧騒に身を投じた。 
　醜く、無様に脱落したとはいえ、サーヴァントを使役するマスターとなった。 
　それが既に没落し、過去に縋りつく妄執の策略だったとはいえ──誇り高きマキリの魔術師として。

「──は。笑っちゃうね」

ぎりぎりと身を削られるような殺意。 
　叶うことなら、今すぐにでも逃げ出したい。逃げ出して、ベッドに潜り込んで、夢も見ずに朝を迎えたい。 
　そうすることも出来る筈なのに。

眼前の敵を見据え、少年は己を奮い立たせるかのように雄叫ぶ。

「出来の悪い妹が、出来もしないことを頑張ってるっていうのに」

妹は。 
　きっと、妹はあの屋敷で戦っているのだろう。 
　大切なものを守るために。 
　傷つきながらも、その面を上げて、迷いなど見せずに、ましてや退くことなど微塵も考えずに。 
　なら──

「その兄がそれ以上にやってやらなきゃ、示しがつかないってモンでね──！！」

術式を組み上げ、ありったけの魔力を放出させようと──

「よく吼えた慎二よ。 
　──不出来な孫たちが不出来なりに闘ろうとしておるのならば、この爺にもやれぬ道理はあるまいて」

周囲の空気が、変わる。
　響く声は皺嗄れ、体躯は慎二の半分にも満たない。

しかし、恐れよ。畏れよ。

「お──お爺様」

何百、何千、何万の蟲。 
　腐臭の闇を纏って、老獪が降臨した。

「ほう。これはこれは。孫にも劣らぬ出来そこないの群れと見える」

かつん。

燃えるように冷えた大地に杖を打つ。

「如何にも。魔術師殿」

詠うのは、白い髑髏。 
　月光を飛ぶ、紛れもない死の影。

「この爺が相手をしてやろう。

思い知るがよい。繰り返しなど、永遠を望むまやかしに過ぎん。 
　永遠など、叶わぬものであるよ。叶ってしまったら────それは永遠などではないことを」

今宵。この一刻。
　幾多の悪意を塗潰すのは、数多の嘲笑。

恐れよ。畏れよ──