凛から桜へ
彼女の好むものなら殆どが理解できた 張り詰めた魔力のめぐる館の趣 彼女の創世のはじめからもう既にそこに息づいていた他者の進入を拒み そして一度入ってしまえば外には出さないという魔力の縛り 毎晩繰り返された幼い左腕への魔術刻印の彫刻 どれだけの努力とどれだけの涙とどれだけの意地が交錯したのか 理解しようとすることすら礼を欠くと感じるほどの その中でたった一つ彼女が自分に許した行為 彼女との記憶の始まりはいつも穏やかな夕暮れだった 二人は育ち方は違っていたが 自分よりも優しく穏やかで健やかな日々を送る妹が愛しくてたまらなかった 彼女を守るためならば自分はどんな苦行にも耐えるだろうと 毎晩行われる彫刻に向かう前の穏やかなひと時は彼女が自分に許した たった一つの愉悦だった なぜなのかずっと一緒に育ってきたもう一人の自分が ある日急に家から居なくなる 部屋のにおいは彼女のものなのに この部屋は彼女のものだったのに そこに居るはずのもう一人の自分が ここではない違う場所へと居なくなってしまった 頭では理解していた 年齢の割に精神的に老成しているせいか、はっきりと 桜は売られていったのだと理解できた 体内にある魔術回路が桜と凛では性能がほぼ変わらず あえて魔術回路だけに絞るなら、桜ほうが魔力の保有量だけなら凛を上回っただろう その中で敢えて凛がこの遠坂の後継者に選ばれた理由は その回路を操る意思があるかないか 凛は遠坂の魔術にそぐうだけの精神的な欠陥を持ち合わせていた 自分の体に傷を負うことを厭わない 桜は気が弱く、意志薄弱で ありていに言えば普通の年相応の少女だったのだ 遠坂の魔術刻印には耐えられないと判断された 魔術師の家系は一子伝承 選ばれなかった子供はそのまま何も知らずに育てられるか 魔術刻印の絶えた家に養子としてもらわれていく 極上の魔術回路がある遠坂の子供を欲しがる旧家は そこそこあったに違いない 遠坂の家は家系が宝石に魔術を貯めてゆく術法をとるため 家計が紛糾することもあった 間桐の家は魔術回路こそ廃れていたが 財産の保有量では遠坂など気にも留めぬほどの資産家であった 双方の利害にかなった都合のよい橋渡しは 果たして彼女の大切な妹に託されることになったのだった 「いい事、桜 このリボンはね、私のとっておきのとっておきなの 他に替えなんて利かないのよ? だからあんたにこのリボン、売ってあげる。その代わり…」 ふわり、と桜の細い髪に大切な宝物にするようにリボンを結びながら 「絶対に、私のこと忘れるんじゃないわよ」 涙も嗚咽も夜のうちにすべて使い果たして まるで幸せを約束するかのような笑顔を零した。 「…おねえちゃん…」 その笑顔に安心したのか 桜の返した笑顔が凛の記憶する最後の心からの笑顔だった 小さい桜、かわいい桜 間桐の家で大切に育てられていると信じて疑わなかった だから、自分は桜が恥ずかしくないように遠坂の家にそぐう様に 完璧な女の子で居なくてはならなかった そうすることで、間桐の家で桜が幸せに暮らせると そう信じていた 遠坂の血はやはり極上なのだと 桜も大切に扱うべきものなのだと 何の疑いもなく、桜のために遠坂のために 後悔は何処にもない 躊躇いも何処にもない ただ、自分がそうしたいのだと 言い聞かせるうちに本当にそれが彼女の生き方と成っただけの事 彼女が自分に許した愉悦は 夕暮れのひと時同じ市内に通う間桐桜を 遠くから見守り 自分の瞳に焼き付ける事 それだけは遠坂の戒律も守らずに 自分の感情は殺さなかった 進学をして同じ学校に通うようになってからも 遠くから凛は桜を見守り続けた。 少しずつ変わってゆく桜の体 桜はあんな瞳をしていたかしら 桜はあんな髪の色をしていたかしら 桜はあんなに笑わない子だったかしら 気がついたときには 何もかもが手遅れで いつの間にかうつむく桜しか見られなくなっていた
by tomoletoro@
凛が好きです! 愛しいです! 君と過ごす為に自分を捨てないと誓った
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