突貫!隣も晩ゴハン!
「…いやぁ、楽しいご家庭でしたよ」 「そういっていただければ幸いです。お口汚し、申し訳ない」 「いやいや、奥さん綺麗だったし。まぁ料理はお勉強中ってことで」 「はっは。至らぬ点は他にも幾つか。これからも修行あるのみです」 「さすが、若いのに言う事違うねぇ。……お、この家?」 「はい。大所帯にして、台所を預かる彼は、それを支える稀有な人格者です」 「うんうん。武家屋敷、いいねぇ。それじゃ、さっそく……」 * チャイムの音が鳴る。誰だろう? こんな時間に。 来客の頻繁な家ってわけじゃない。とっさに思いつく候補者もなし。 立ち上がり、団欒の場を後に、玄関へと向かう。 ……ん? 何だか、大勢の気配。ますます訳が分からない。 が、戸を開いた人物は、見慣れた顔だった。 「邪魔をする」 「……何だ、一成じゃないか。一体、どうし……」 続いて、見慣れない……にしては、見たことある、顔が。 「どうも、こんばんわー!」 「こ、こ……こんばんは」 おっきなミヤジマを抱えて、笑顔の素晴らしい中年男性が。 「『突貫! 隣も晩ゴハン!』です!」 「………………………」 いや、何だ。その。えっと………………何ナノデスカ? * 「隣っていっても結構歩いちゃってねぇ。どうもどうも」 「あ、はい、どうも」 「じゃあ、上がらせてもらうね」 「え、ええ…………えぇえ!?」 強引かつナチュラルに侵入する中年男性。 止める間もあればこそ、その後に続くカメラ持った人照明持った人その他大勢。 唖然と呆然で失然してると、横から心配そうな一成の声が。 「どうした、衛宮。何かあったか?」 「……いや。ナニガアッタって、今現在進行形で……何なんだ?」 「だから、『突貫! 隣も晩ゴハン!』だ」 「突貫?」 「ワイドショーの名物コーナーらしいな」 「らしい?」 …えっと。何だ。つまり、え? テレビ局? それって、マズいんじゃないか? いやマズいだろ。マズいに決まってる! だ、ダメだ。世間的に公表できない同居人や家庭の事情まで我が家ってばてんこ盛りだ! す、すぐに帰ってもらっ……。 「あー! げ、ゲーノージンだ! ゲーノージンだ!」 …………響き渡る誰かさんの声。一応、教職者である妙齢の女性の雄叫び。 ご近所の迷惑とかそっちのけのイツモドオリだ。あー、つまり。 もう、俺には止められません。 「サイン! サインちょーだい!」 「おネーさん元気いいねぇ。はっはっは」 あぁ、あああああああ。 「では、そろそろ失礼する。また明日会おう、衛宮」 「うん、おやす……帰るのかよ!」 * 居間に戻る。さてどうしたものか、と現状を確認。 浮かれて踊る虎が一匹。予想通りだ。 おろおろする桜。子供らしくはしゃぐイリヤ。うん、順当だ。 その様を楽しげに見物する遠坂。……はいそんなところだと思いました。 そして、周囲の喧騒に動じることなく、もぐもぐ食を進めるセイバー。……素敵だ! …あれ? ライダーは……。 「お、そっちのお姉さんもサイン? はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 …………すみません。それは予想外でした。 衝撃の展開に呆けてしまう。と、桜が解説してくれた。 「ライダー、ニュース番組好きなので。ほら、その一コーナーですから」 「……ワイドショーもニュース番組なのか?」 楽しい団欒に唐突な乱入者。…だけど、不思議と、皆の反応は好意的だ。 テレビだから、というより。あの、レポーターさんのおかげなんだろう。 強引だけど人懐っこく、どうにも本気で怒れない。 いつの間にか、彼のペースに巻き込まれてしまう。これがプロってやつか? 「で、でも、こんなの、やばいだろ?」 「あら、いいんじゃない?」 「と、遠坂」 意外な方向から意外な慰め。え? お前もファンだったのか? 「どうせ隠滅するし。今を楽しみなさい」 「…………あー。まぁ、そうだよな。協会とか、黙ってないだろうし」 「分かってるじゃない。それに、そうね、世間も黙ってないわね」 「……はい?」 「これだけデタラメに美人揃いなのよ? 衛宮くんはもう慣れたみたいだけど」 「む。そんなことないぞ」 今でも、油断するとどきどきしっ放しになる。 正直、芸能人よりも、なんて思ってしまう。 たぶん、大変な騒ぎになってしまうだろう。遠坂の言うとおり……。 「個別でもいけるけど集団でまず売り出すわね。歌唱力なんて二の次で。 メンバー間でシャッフルユニット色々作れば新鮮っぽいしバリエーション増えるし。 ソロ活動はそれからでしょ。このメンツなら消える事もないわね。 まぁ藤村先生はバラエティにいってもらって、後は……」 「……あのぅ、遠坂、さん?」 「もう、いやぁねぇ、冗談に決まってるでしょ?」 うん勿論そうだよねその通りだよね遠坂さん。 でも頭の中のそろばん弾く音がこっちにも聞こえたのは気のせいだよね無論だよね。 「プロデューサーって収入どれくらいかしら?」 「あはは……勘弁してください」 * だが、このとき、俺は大変なミスを犯していた。 賑やかに騒ぐ周囲の中では。不変こそが、よりはっきりと目立ってしまうもの。 そんな、あまりにも「おいしい」素材を前にして。 芸能人さんがスルーするわけもなかったのであった! 「こんばんわ。いい食いっぷりですねぇ」 「もぐもぐ……ごくん。こんばんは。セイバーとお呼びください」 「へぇ、変わってるけど、ぴったりって感じだ。うん、良い名前だね」 「似合いの呼称と感じていただければ光栄です」 ……ふぅ。さすがセイバー、礼節は心得ている。 食を一旦取りやめ、受け答えにきちんと応じる。大人だ。レディだ。やっぱりキングだ。 「今日のおすすめは何だったんだい?」 「そうですね。どれも素晴らしいですが……今日は、此方が」 指差したのは鶏のから揚げ。うん、これは自信作だ。 コペンハーゲンで、国産地鶏のおすそ分けをしてもらった奴だ。 適当な大きさに切り分け、出し汁・醤油・焼酎(4:1:1)に一晩つける。 仕上げにニンニク、ごま油、胡椒を少々。 味加減はその日の天気、食す人の体調等で調整する。 二度揚げすることで、中までしっかり火を通し、なおかつふっくら仕上げられる。 基本的家庭料理だからこそ、食材と手間で味が大きく変わってくる。 残り後一個、の本日一番人気だ。さすが、セイバーは良く分かっていらっしゃる。 だけど。 今回は、そのこだわりが裏目に出た。 「どれどれ。あーん」 「……………っ! なっ、あ、あなたはっ!?」 奪われた最後の一つが、リポーターの口に。 この家には暗黙のルールがある。それを、彼は知らなかったのだ。 曰く。「最後の一口は、セイバーのもの」 ……そして。世界は凍った。 凄まじい殺気。それに比例し、徐々に重さを増す空気。 この気配、セイバー、本気か!! ……いや待て待ってくださいお待ちになって! 「さすがに●人はヤバいんだけどなぁ。後片付けが」 「遠坂! 余裕かましてないで、手伝ってくれよ!」 「何を? あのね、士郎。貴方にはどうにかできるの?」 …………無理だ。思いつかない。絶望的だ。 食べ物の恨み恐るべし。かつてない緊迫感が、平和の象徴たる居間を覆いつくす。 だが悲しきかなそういった事態には不慣れなのか芸能人。 かの騎士王のご機嫌にまったく気づく様子もなく。 「んー、うまい。いやさすが、一成くん、だっけ。彼が薦めるだけはあるよ」 「ど、どうも」 「皆さんも幸せだねぇ。こんな料理を毎日食べられるなんて」 …上手い。俺に対する賞賛で、セイバーも噴火するタイミングを失っている。 このまま最後まで……とも思うけど。別に機嫌が直ったわけじゃない。 ご機嫌取りに、後でデザートでも奮発して用意しておこう。 せっかくのテレビ局訪問、いい思い出になると思ったんだけど……と。 半分以上、諦めていた、そのとき。 「君もそう思うでしょう?」 「…………ええ。思います」 「そうでしょうそうでしょう」 「フ、フフフ。よくお分かりで」 リポーターさん、眠れる獅子に突貫デスカソウデスカー。 最悪の事態を想定し、覚悟と完了を決めておく。 一見穏やか、というより押し殺した無表情で応対するセイバー。…逆に怖いデスヨ? その均衡が、飽和状態になる、その寸前。 「分かるよー。だって、横取りされてプンプンしてるし」 「…………」 き、気づいてたー! じゃ、じゃあなんで、わざわざ……。 「そんなに怒られるとは思わなかったよ。ごめんね」 「い、いえ……私は、別に……」 「ほんと、ごめんなさい。許してほしい」 社会的地位のある立派な大人が、頭を下げている。 口調は、カメラを意識してか軽めだけど。でも、真摯な気持ちである事は伝わってくる。 それを前に、逆に、セイバーは自身の子供っぽさを思い知らされた、という顔だ。 そして、何より。同じ食を愛する人間として。 一口一口を大事にしたい、という自分の思いを分かってくれている、と。 そう感じられたからだろう。 「いえ。私も、狭量でした。顔を上げてください」 「いやいや。こういう仕事してると、鈍感になること、あるからね」 勉強になったよ、と、リポーターさんは笑う。 ……すごいな。これが、プロフェッショナルというやつなのか。 先ほどの険悪さは砂上の城。二人とも、仲良く雑談を交わすほどに。 リポーターさんの食知識の豊かさに、セイバーは目を輝かしているほどだ。 「そ、それは本当ですか?」 「うんうん。今度一回作ってもらったらいいよ」 「は、はい! あの、師とお呼びしてもよろしいですか?」 …………いや、それは、変わりすぎじゃないですか? * 途中に色々あったけど、楽しい、貴重な時間だった。 此方の一方的事情で、記録にも相手の記憶にも残せないけれど。 俺たちにとって、忘れられない思い出になったことまで消す必要はなかった。 「楽しかったよ。ありがとう」 「いえ、こちらこそ。ありがとうございました、師匠」 はははっと朗らかに笑うリポーターさん。 俺もサイン、貰っとこう。敬意に値する人なのだから。 「さて。それじゃ、次の家に行かなきゃ。誰か紹介してくれる?」 その言葉に、そうだなぁ、と、皆で顔を見合わせたとき。 ……よりにもよって。はしゃぎ疲れもしない社会人から。 「あ、あたしんちにきてくださーい」 ………………まてや、こら。 「絶対に駄目だ!」×衛宮家全員引く1 「えー?」 [go to next home]
by 能登耕平
ははは。やっちまった! まぁこんな感じになるんじゃないかと真昼の夢。 食べるの好きですか大好きです! それではー、またいずれー。
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