居間でテレビを見ている。 　テレビの前にはセイバーとライダーといういつもの面子がそれぞれの指定席に陣取っていた。 　で、その後ろに俺がいるわけだが、今回は責任者という意味で立ち会ってるっていうのが正直なところだ。 　――――それは遡ること先日の昼休み。 　屋上での昼飯を終えて教室に戻ってきくると、男子の一群が会話の花を咲かせていた。ずいぶんと花は大輪の様だ。 「おぉ、衛宮殿。今お戻りか」 　輪の中心にはいつものごとく後藤くんがいる。今日は時代劇で通していて、５時限目の英語でも、英文訳をこの口調で回答しかねない。 「よお、なんだか盛り上がってるみたいだな？」 「あぁ、後藤にお願いしてたビデオが本当に良くってさ。そうだ、衛宮も見るか？激しいぜ！」 　『激しい』なんて言われたら年頃の高校生は、あらぬ方向へ妄想をふくらませてしまう。 　しかし、うちにはビデオデッキは居間のテレビにしかついていない。いかがわしいビデオを見るなど確実に虎穴に飛び込む所行である。 「いや、でも家は藤ねえ……じゃなくて藤村先生も出入りしてるし。そんなの見つかったらただじゃ済まん」 「そっか？　タイガーなら喜んで見るような気がするけどなぁ」 「うむ、勝負事となれば人一倍熱くなる虎君様のこと。献上品としてお喜びになることと思うぞ」 　……さすがの俺でもここまで来れば話がずれていることぐらいはわかる。 　要するに俺はちょっと意識過剰ってことだ。ここのところ女性陣の人口増加で色々とあるのだが、そっちの方にしか思考が行かないのは健全な高校生としてやはり問題あるだろう。うん。 　あと『虎君様』は完全な死刑宣告なので絶対禁句としてほしい。もちろん死刑になるのは後藤くんなのだが、夜には俺に火の粉が降りかかるのが目に見えているからである。 「悪い、なんか俺が勘違いしてたみたいだ。先にそのテープの内容を聞いとくべきだった」 「あっ、そうか。ちょっとこっちで盛り上がりすぎてたから忘れてた。中身はこれ」 　そういってテープの背表紙に張られた題名を見せてくれた。 「エムオー…ティーオー……？　なんだそりゃ？」 「バイクレースの世界選手権だよ。一年かけて世界中を転戦するんだぜ。その中でもこの年のレースが最高でさ。今や一人勝ち時代なんて言われているけれど、このレースは混戦で手に汗握るっていうか、見てて飽きないって言うか！」 　後藤くんを通して話の輪に加わったものの、一成ほど仲がいいという面子はいない。しかも今加わった俺と、輪の温度差はあまりに差がありすぎる。そこにどう溶け込んでいいかも判らぬままにまくし立てられては、こっちもつい及び腰になる。 　そんな俺の態度に、彼の説明はますます熱を帯びていく。 　そんな熱い話を受けつつも、正直、俺自身はまったく興味がない。まあ、バイクそのもの弄くることは嫌いではないし、藤村組で雷画爺さんのをいじったことはあるものの、レースと言われてもピンとこないのだ。 「うーん、衛宮には時速３００ｋｍの熱い世界は分かんないかぁ」 　どうやら俺への説得は諦めたらしく、相手は苦笑いを浮かべている。 　しかし、話を聞いているうちに、衛宮家でその手のものに喜びそうな人物が二人浮かび上がった。 「うーん、俺にはピンと来ないが確かに藤村先生は喜ぶかもな」 　あえて『喜びそうな二人』は伏せておいた。ここで話題にすればいらぬ誤解を生み出すだけだろう。 「でも、タイガーにこんなの見せたら学校へウィリーとかで来だすんじゃないか」 「わー。タイガーならやりそう。交差点曲がるときに、マシンごと体倒してさ。『今日から私のことを冬木の風と呼びなさい！』とか言いそう」 　なんて恐ろしいことを言うのか……。 　そんな藤村伝説に新たな１ページを加えるレールをいとも簡単に引かないでほしい。しかも『冬木の風』なんて藤ねえ好みのフレーズ付きとはヤル。伊達に藤ねえ相手に１年近くを過ごしていないというところか。 「どうする、衛宮。タイガーのことだけに後始末はお前になりそうだけど」 「うっ……」 　確かに藤ねえには視聴禁止作品だ。だが、その危険を冒してまでも二人の喜んでくれる顔は正直見たいのだ。 「まあ、貸してもらえるなら。藤村先生に見せるかどうかは……俺に一任してくれ」 「よし。俺たちの命、お前に預ける」 「うむ、もしもの時は切腹の覚悟で臨まれよ。衛宮殿！」 　うーん、なんだかビデオ一本借りるにしては高くついた気がする。そして、後藤。切腹覚悟は正直シャレになっていないので勘弁してくれ。 　みんなから肩をたたかれる中、５時限目の予鈴が鳴り響いた。もうすぐ『冬木の台風』が駆け込んでくるだろう。 　その週の日曜日。藤ねえは部活で出かけていた。タイミングとしてはいい頃合いだと思い二人に声をかける。 「ライダー、セイバー。ちょっと面白そうなもの借りてきたんだけど見るか？」 「面白そうなもの……ですか？」 　昼食後のお茶を楽しんでいるセイバーが不思議そうな表情でこっちを見ている。ライダーが黙っているのは様子を見ているというところだろうか。 「あぁ、どっちかって言うと俺よりも二人の方が楽しめるんじゃないかと思ってさ。だから、面白いかどうかを決めるのは見る側ってことになるからさ」 「確かに嗜好は人それぞれです。面白いかどうかを判断するのは、私たちに委ねられているということでしょう」 　ライダーのフォローの通りである。そういえば同じようなことを『本の面白い、面白くない』で聞いたよな。 「なるほど、確かに嗜好は人それぞれだ。その上で、私とライダーが共に楽しめるものなのですか？」 「そういうこと。まあ、楽しむ観点は違うかもしれないけど、一緒にテレビの前で楽しめるって意味じゃあ合ってるかな」 　二人の表情が、ますます不思議なものを見るものへと変わっていく。 　普段から属性の違いと言っては意見の相違の絶えない二人だけに、そういうモノがあるってことがお互いに想像しにくいんだろう。 「まあ、見てのお楽しみだ。たぶん、楽しんでもらえると思う」 　そして１本のテープをビデオデッキにセットした。 　画面に映し出されたのはコースに並ぶオートバイ。 「シロウ、これは何が始まるのですか？」 　いつの間にか定位置に着席していたセイバーがいた。すでに目線が画面に釘付けだ。 「あぁ、この時代のレースだよ。セイバーの時代でも馬で競走したりしたんじゃないのか？」 「はい、騎士達が己の駿馬を披露し、競い合わせることはありました。なるほど、機械の競馬と言うことですね」 「うん、まあそんなところかな。ライダーも……」 　そう言いかけて、思わず目を見張った。ライダーもすでに指定席に鎮座しており、尋常ならざる雰囲気で画面を凝視している。 「えっと、ライダー……？」 「ハイ」 　そう答えるライダーの目線は画面から全く動かず、もはや条件反射で答えている。この後は何を言っても「ハイ」という回答以外は期待できないだろう。 　テレビ画面は、コースとドライバーの紹介が終わり、いよいよレース開始の様子。 　信号機のような赤ランプが一つずつ点灯していき、全消灯と共にレーススタート！ 　一斉に走り出したマシンに「おー！」と歓声を上げたのはセイバーだった。 　ライダーは表情こそいつものクールさを保っている。だが、ライダーはおそらく気がついていないだろう。どんどん体が前のめりになっていることを。 「おーい、ライダー。あんまり前で見ると目が悪くなるぞー」 　そんな俺の声はまったく耳に入っていない様子。うーん、魔眼殺しの眼鏡が度入りになっては、格好がつかない。まあ、そもそもサーヴァントだから目が悪くなることもないんだろうけど。 　そうしている間にも、レースの方は周回数を重ねていく。 　オートバイのレースは自動車のレースよりも抜きつ抜かれつが多く、見ている方も楽しめると言っていたが、確かに目まぐるしく変わる順位にセイバーは歓声を上げている。 　その傍らでライダーは黙ってレースの模様を見つめている。時折映し出される車載カメラの映像などが入った時には、もう猫かぶりつき状態だ。 　時速２００ｋｍ近いスピードで、しかも路面すれすれを疾走するその迫力は目を見張るものがある。速い乗り物大好きなライダーには、まさに珠玉の映像と言えるだろう。 　――――こうして今に至る。 　レースも後半戦。コーナーに２台並んで飛び込む様や、追いつ追われつのレース展開、またはスピンによるクラッシュなど本当に落ち着く暇もない。 「確かに見ていて飽きないけど……」 　俺の方はレースよりも、それを観戦している二人の様子を見ている方がよっぽど飽きなかったりする。 　かれこれ１時間近く一喜一憂を繰り返し、「今です！　今が追い抜くチャンスです！！」などと声を上げて応援し続けるセイバー。 　そして、彫刻のように微動だにせず画面かぶりつきのライダー。 　二人とも疲れないんだろうかと心配になる。 「まあ、楽しんでもらえてるみたいで何よりかな」 　喜んでくれるだろうとは思っていたが、ここまで食いつきがいいとは思わなかった。 　そんな二人を見ているうちにレースはチェッカーフラッグを迎えていた。 　「いや、実に見事な戦いぶりでした」と喝采を送るセイバー。 　その隣で、ようやく画面への前傾姿勢を崩したライダー。 　約１時間ほどのレース観戦は二人の表情から察するに、満足の時間だったようだ。 「面白かったか、セイバー」 「はい、同じ場所を回っているという中に、オートバイの能力も然ることながら、騎手の腕や駆け引きなど、とても見応えのある試合でした」 　今だ興奮冷めやらぬセイバーの声は弾んでいた。彼女も騎乗はＢランクだったから、やはり通じるものがあるんだろう。 「そっか。喜んでもらえてよかったよ。で、ライダーはどうだった？」 　終始無言だったライダーだったが、観戦の様子は端から見ていて上々だったから、満足してくれているとは思うのだが。 　ビデオの停止と、巻き戻しのボタンを押して上映会の後片付けを始めた俺にようやくライダーが返事をしてくれた。 「士郎、一つ尋ねるのですが」 　セイバーとは対照的な冷たい声は予想外だったため、少し身構える。やはり人間同士での競争では物足りなさがあったのだろうか。 「なに？　俺もあんまり……」 　詳しくないからと返事も聞いてもらえず、ライダーからの質問が飛んだ。 「あの競技に参加するにはどうすればいいのでしょうか？」 「……へ？」 　時間が止まる。いや、正確には俺の思考回路が停止した。そんな俺の頭をたたき起こすかのようにライダーは 「ですから、あの中で競技に参加するためには、どのような方法を取れば良いのかと」 　えっと、それはもしかして…… 「ライダー、コレに出るつもりなの？」 「もちろんです。目の前でこのような競技が行われているとも知らず安穏な日々を過ごしていましたが、私の知るところとなったからには黙っているわけにはいきません。誰がライダーの名にふさわしいか、ハッキリさせる必要があります」 　……いや、ハッキリさせなくていいから。ていうか、相手は人間だから。 「あのー、ライダーさん？」 「えぇ。相手は世界一だと言うのであれば、それこそ望むところです。ライダーとして召還された名誉にかけても彼の敵を打ち倒し、勝利することこそライダーとしての務めではないでしょうか」 　……声は冷静に思えるが、どうやらかなりエキサイトしている模様。その証拠に声がだんだんと大きくなってるし。しかも本人は気付いてないし。 　これは今のうちに火を消しておかねば大変なことになりそうな気がする。 「いや、ない。断じて無い。そしてハッキリさせなくていいから。そもそもサーヴァントなんだから人間相手に勝負しちゃだめだろ」 「いえ、技能というものは個人の能力であり、サーヴァントだから人間よりも優れているという物ではありません。ましてオートバイはこの時代の乗り物です。サーヴァントとしての能力は大きく制限されるでしょうし、アドバンテージとしては無いに等しいのではないでしょうか」 　確かにライダーの話は正しいと思う。個人の運動能力として人間とサーヴァントを比較するわけにはいかない。だが、バイクを扱う技術という点に絞れば、個人の運動能力として、腕力や脚力、跳躍力などでの差は必要としない。つまりサーヴァントとしての能力はほとんど必要ないのだ。 　確かに運転にも体力や筋力も必要だろうが、一流のドライバーであれば運転技能に必要なレベルのものは持っていて当然であり、そこまで踏まえてライダーは運転技能の優劣を競いたいと言っている。 　だが、ここで言い負かされるわけにはいかない。 　衛宮家は元より世界の平和ために！ 「ライダーの言いたいことは判るつもりだ。だからってサーヴァントが世界中に放映されていい訳ない。そんなことになったらマスターの桜が封印指定になっちまうぞ！」 「――――――――」 　ライダーが押し黙る。卑怯だとは思ったが、言い返せるだけの正論が無いだけに、『桜』というカードで有無も言わさず折れてもらうしかない。 　しかし、目に見えて肩を落とすライダーの姿が少しかわいそうに思えてきた。元はと言えばここまでライダーに火を付けてしまった原因は俺なのだから。 「まあ、なんだ。あんな大舞台は難しいけど、５００ｃｃのバイクでレースなら地方でもやっているだろうし、機会があれば出来るかもな」 　ハッキリと約束は出来ないが、つてが無くもない。前に聞いたことがあるのだが、地方のレースに参加しているのはバイクのショップだったりする。そして雷画爺さんところのバイクを納めたショップもそんなことをやっているとか。だから話がうまくいけば、レースに参加するまでは難しくても、レース仕様のバイクに乗る機会が出来るかもしれない。 「本当ですか？！」 「あぁ、ただし免許は取ること。人間相手に勝負するなら、人間のルールで戦わないとな」 「判りました。その際にはよろしくお願いします、士郎」 　神ですら嫉妬した極上の笑顔に、こっちの頬も自然とゆるむ。 「あぁ、メカニックの手伝いぐらいなら俺にも出来るだろうし。ライダーの勇姿を拝ませてもらうよ」 「馬であれば私も参加したいところですが、今回は僭越ながらサーヴァントの一人として応援させていただきましょう。騎乗では確かにライダーが上であることは認めざるをえないですから」 　そういって笑みを浮かべるセイバーに正直ホッとした。これでセイバーまで参加するなんて言い出したらどうなったことか……。 「しかし……」 　ライダーのレーシングスーツ姿を想像するとちょっと楽しみな気もする。 　ヘルメットを取るとなびく紫色の髪。どこの女盗賊かと思うような、そんな妄想が脳裏をよぎる日曜の昼下がりだった。

by はっしー。

人気投票もいよいよラストスパート。街頭演説にも「最後のお願い」に奔走する時期です。
ということで、つたない文書ですがライダー応援ということで、ちょっと作ってみました。
というか・・・レーシングスーツライダーさんを妄想したかっただけという感じもしますが。

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