"ゲイボルグは最も効率が良い宝具ですよ？" by 略青

「あの明らかに死人が出る事を想定した修行…女以前にありゃ鬼だな」

と、釣竿片手に、指で角を作りガーと吠えて見せる、鬼の居ぬ間に何とやらを地でいく男。聖杯戦争のために呼び出された槍の英霊ランサー、真名クー・フーリン。

「あはは…そんな…お師匠さんに失礼ですよ。でも、ランサーさんと互角に渡り合える人がいて、それが女性か～」

はぁ…世界は広いですね～とため息を吐きつつ、声朗らかに目の前の男性を敬愛の目で見つめる少女。穂村原学園弓道部元主将、美綴綾子。

接点は、世界がひっくり返らない限り存在しないはずの二人だが、どうやらひっくり返ったらしく接点が出来てしまった。それ以来、顔を会わせれば、挨拶と会話をするくらいの仲になっていた。

ちなみに、何故ランサー心の楽園に綾子が入り込んでいるかと言えば、

「あ…あの…衛宮のやつ…じゃなくて衛宮君に聞いて、ランサーさん、ここによくいらっしゃるって聞いて…その、迷惑で無ければお弁当持ってきたんですけど…いえ、他意は無くて、衛宮…君が『そういやランサーと言えば、あいつ、まともな食生活送ってんのか？今度差し入れでもしてやるか』って言ってたんで…その…差し出がましいかなとも思ったんですけど…その…」

と必死に釈明する彼女の表情と、手に下げた弁当一式に

「おぉ！すまねぇな！ま、アヤコなら弁当無しでも歓迎するけどよ。何なら、土産にそこの魚持ってってくれても構わねぇ！」

と破顔一笑、ランサーズヘブン無料フリーパス（無期限・土産物券のおまけ付き）を与えたためである。

それから、二人は、共通点である武道の話を中心の会話で盛り上がっていた。釣り場での爆笑などは獲物が逃げるので、本来は控えるべきなのだろうが、ランサーは釣果をあまり気にしないスタイルなので問題は無いようだ。

そして現在。お腹もクークー鳴る時間になってきたので、綾子謹製のお弁当（特大おにぎり・トリカラ・野菜の肉巻き・ポテトサラダ・お茶付き）を二人でつまみつつ会話に花を咲かせていた。

「いやさ、悲観するこたねぇさ。アヤコのナギナタの腕は大したもんだと、坊主も何時だか言ってたしな。ま、あいつに言われるまでもなく、俺の見立てはそうそう違わないだろうしな」

「そんな…私なんてまだまだ未熟で！」

「それなら、今度稽古でもつけてやろうか？つっても、俺は長物となると槍になっちまって…ナギナタやハルバードは、ちと専門外なんだが…」

と首を捻る槍の英霊に、

「そんな、是非お願いします！達人の技を間近で見れるなんて滅多にありませんし！！」

憧れの達人、まさかの稽古の申し出に恐縮しきりの綾子。今まで、どうやって切り出すか、そもそもそんな事頼んでいいのかと悩んだ回数、指の本数ではとても足りないのだ。そんな彼女には願ってもない僥倖である。

「おう、それなら決まりだ！場所は…そうだな…坊主んちの道場借りるか、あいつにゃ俺の方から言っとくわ。日にちだのは、俺は、まぁ、何時でも構わんが、アヤコはそうもいかんだろ？坊主の方に伝えといてくれや」

となると、坊主んとこにまた何匹か差し入れてやらんといかんな…とランサーはバケツを覗き込む。その仕草に

「あ、すいません…せっかく釣ったのに…」

と呟き、シュンとなる綾子。

「おいおい…そんな顔しなさんなって。俺としてもこの国の武芸を見てみたいしな、後、せっかくご馳走を差し入れて貰ったんだ。このくらいさせてくれや」

と言うが早いか、ランサーはトリカラを指で摘み口に入れる。

「うん、うまい！」

「いえ…こんな簡単なものばかりで…もっと女らしくこう、凝ったものが出来たらいいんですけど…」

駄目なんですよね～何故か…アハハ～と綾子は力無い笑いを浮かべる。

その寂しげな顔を見て、ランサーは手にしていた特大おにぎりに無言でかぶりつき

「ゲほっ…げホっゲホっつ！」

むせた。

「あぁ！ランサーさんっ！お茶！お茶です！！」

手渡されたお茶をゴクンゴクンと一気飲みのランサーを、綾子は心配そうに見つめる。

「ゲフっゲホッ…！あー助かったぜ…サンキュな」

と一息ついてランサーは、またムシャムシャと無言でおにぎりを貪り食った。そして

「ふぃ～～なんでぇ、やっぱうめぇじゃねぇか」

人懐っこい笑みを綾子に向ける。

それは綾子にとって心臓を穿つ一刺し。

「ぇ…でも…」

穿たれた心臓ではまともな受け答えが出来ない。綾子は否定の言葉を探すが、それはランサーの言葉に遮られた。

「いや確かに質素かもしれねぇ、派手さも無ぇかもしれねぇさ…でもよ、武芸者が作る料理の鏡みてぇな料理じゃねぇか？いつ陣振れの鐘が鳴っても、いや戦場でも、この飯なら手早く作って食えるしな」

陣振れ？戦場？いきなり飛び出した物騒な単語に、（多分）褒められた嬉しさよりも、疑問符で綾子の頭はいっぱいになる。が、それを無視してランサーは熱く語る。

「なによりだ！この味覚えたら、意地でも生きて帰ってるって気になる！」

「え？何処に帰るんです？」

綾子が疑問符でぼけてる頭を、褒めてくれてるんだ、会話しなきゃ、とやっと搾り出したのがこの質問。

その問いに対しランサーは、何でそんな分かりきった事を聞くのかと言いたげに綾子の顔を不思議そうに見つめ、

んなの決まってんじゃねぇかと前置きし、

満面の笑みを湛えて、

「食わせてくれた女のとこ」

宝具を開放した。

―数時間後、冬木港

心臓を穿たれたにも関わらず、幸せそうに固まった少女の傍で

「私のアヤコに何をしたのですかー！しかもお弁当まで食べてー！！」

と、偶然？港に通りがかった紫の長髪と鎖を振り回す美女と

「いや、ちょ、待て誤解だ！俺はまだ何もしてねぇー！！」

と、それをうっかり釣竿でさばこうとしてぼてくり回されるアロハ姿の男性が目撃されたのは、また別のお話。

「まだ…？ま・だ…ですか…ふふ…フフフフフフフ…！」

「おいっ！宝具はマズいだろっ？！をいっ！こら！聞いてんのかーー？！」

―それから数十分後、衛宮邸

【私は少女に手を出そうとした社会不適応の駄犬です、ホントすんません】

と墨色鮮やかに書かれたプレートを首から下げたアロハ姿の男が連行された。

「彼は、何故か石と化したように動きませんでした」

とはその様子を、震えながら語った家主の少年の弁。

ほどなく、ままならぬ就職活動に疲れ切って帰宅したスーツ姿の佳人が

「ほほぅ…あなたが…よりによって憧れ続けたあなたが…少女に…世界は敵ですか…」

そう呟き、哀れ石と化したように動ぬ男の訴えかけるような目は黙殺。

ハハ…ハハハ…とサハラ砂漠のような笑みを浮かべた後

「死ねぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー！！！」

渾身のブロウを見舞ったのも、また別の話。

―それから数日後、衛宮邸

「坊主、悪いだけどよ？ちっとばかし道場、使わしてくんねぇか？いや、そんな顔すんなって…こないだは悪かったよ、ほれ、侘びもかねてよ、釣り立てだぜ？こいつに免じてよ～約束しちまってんだよ～？頼むっ！な？」

家主を新鮮な魚を手に拝み倒す来客があり、その訪問から数時間後

「まだ！返しが……甘ぇ！」

「はいっ！！」

衛宮邸道場から威勢のいい掛け声が聞こえたのは、全く別の話。

―終―