二月某日。 　穏やかに晴れた日の昼下がりは、ほんの少し騒がしかった。 　居間には衛宮家の面々が揃い、外からの客も多く来ている。 　狭くはないが、決して広すぎもしない衛宮邸の居間。 　何をしているのかと言えば、全員でテレビの鑑賞だというから、珍しいことこの上ない。 　なんでも、もうすぐ何かのランキングが発表されるのだとか。 　事前予想で自分の名前を見つけては喧々囂々。 　やれ妹が姉に抜かれたとか、剣は独走態勢だとか。 　にぎやかなのは良いけれど、その場に長く居続けると、少し疲れてくるのもまた事実。 　そんなわけで、衛宮士郎は居間を離れて廊下へと出てきた。 　彼はこの家の主ではあるが、今日この日の主役ではないらしい。 　喧噪は襖を閉めてなお、外にまで零れてきている。 　雲一つ無い青空から注ぐ光に眩しそうに目を細めながら、しばらく静かな場所へ行こうと、自室に足を向けた。 「･･････リズ？」 　廊下の先に見えた姿に、思わず声をかける。 　縁側に座り、日向ぼっこをしている白い服のメイドの姿は、どこか現実感というものがない。 　ともすれば、過日の幻ではないかと疑いそうになるが、けれど間違いなくリーゼリットはそこに居た。 　こちらの声は聞こえていないのだろうか。 　リズは士郎の方を向くことなく、ただぼんやりと空を眺めている。 　いつもの頭巾は脱いでおり、だからなのか、その横顔が今まで見たことのない表情に思える。 　士郎は彼女の傍まで近づくと、その隣に腰を下ろした。 「･･････シロウ？」 　ここでようやく、彼女は士郎に気付く。 　光の弱い瞳が空から彼へと向けられ、そしてわずかに微笑んだ。 　士郎もそんな彼女に微笑み返すと、先ほどまでの彼女の視線を追うように、空へと目を向けた。 「良い天気だよな。ずっとここにいたのか」 「うん」 「確かに晴れてるけどさ。外はまだ寒いだろ？ 　イリヤ達と一緒に、中に入って無くて良いのか？」 「うん。にぎやかなのも、嫌いじゃない。 　けど、わたしはここでもいい」 「そっか」 　会話はそれで終わり。 　お互いに何も求めず、ただ、傍にあるということだけを共有する。 　喧噪に疲れた身には、それが何より心地よかった。 　本当に何をするでもなく、二人並んで空を眺める。 　静かな時の流れに、どこか懐かしさすら覚えるような。 「･･････賑やかになったよなぁ、この家も」　 　ポツリと呟く。 　縁側で二人並んで座っているうちに、士郎は思い出していた。 　今は思い出の中にある人、今は遠く昔の声。 　あの頃は、こういう静かな時間の方が多かった。 　自分を引き取った“魔法使い”は、それが故か家を空けることも多かったし、何より、穏やかだった彼は賑やかさとは縁遠い空気を纏っていたからだ。 　賑やかさの担当は、主に自分と姉のような彼女。 　本当に、あの“姉”が居なければ、ここは活気とは無縁だったに違いない。 　だからと言って、あの空気が嫌いだったわけではないけれど。 　変化が訪れたのは、それからまもなく。 　彼が没して後は、静かだった家は一層静かになってしまった。 　たまに訪れる、空元気のような明るさが救いの、そんな家。 　それでも、何とかやっていけたのは、目指すべき場所と受け取った想いがあったからだろうか。 　あれから、数年。 　独りになることも多かったこの家は、今やたくさんの人が訪れる場所になった。 　戦いの末の、偶然の様な状況だけれど、とても心地の良い場所になった。 　そのことが、少しだけ誇らしい、と士郎は思う。 　この場に“彼”が居たのなら――きっと、笑ってくれたのだろうな、と。 「うん。ほんとう。この家は、にぎやか」 　リズも頷く。 　彼女の記憶は、たったの二年分。 　その大半は、凍てつく寒さに包まれた、城の中でのものだった。 　自我を持つ、戦闘人形。 　聖杯を、聖杯たらしめるために用意されたもの。 　それがリーゼリットというホムンクルス。 　本来なら、自我すら必要ないはずだった彼女は、偶然か必然か、それを備えて鋳造された。 　けれどそれは人の言う“心”というものには遠く及ばないもの。 　ほぼ機能しない五感は外の世界を彼女に伝えることはなく、外界を知らぬ心は心たり得ない。 　彼女の思考回路を、心というものにまで高めたのは、やはり、あの少女あってのことだろう。 　聖杯の少女との同調。 　初めて心を感じた日のことを、リズはよく覚えている。 　何故ならその日こそがリズが初めて外界に触れた日であり、そして正しく、生命として活動し始めた日であったからだ。 　そう、それは暗闇の中に灯った、蝋燭の光の様なもの。 　初めて感じた“心”は頼りなく、今にも消えてしまいそうな危うさを持っていた。 　アインツベルンは、言うまでなく魔術師の系譜である。 　それもこの世界において名を馳せるほどに、魔術師として洗練された血筋だ。 　それは取りも直さず、人の道から大きく外れていることを示している。 　極寒の牢獄の様な城に籠もり、外界と自分たちとを切り離し、根源への道を開かんとする。 　家族の繋がりはあっても、そこに賑やかさなど望むべくもない。 　それでも、明るくあることは可能であったかもしれないが――けれど。 　リズが生を得たその時、繋がった少女の心にはすでに、雪が降り積もっていた。 　――声が聞こえる。 　居間からここまで、皆が騒ぐ声が。 　時折怒声が聞こえたりもするけれど、それをすぐに笑い声が打ち消していく。 「･･････イリヤ、笑ってる」 　あの冬の城で、少女の笑顔を見たことは何度あっただろう。 　遠く空を見つめたまま、その声にリズは耳を傾けた。 「･･････ああ、笑ってるな」 　 　士郎もまた、空を見上げ続ける。 　その声が、どこまで届くのかを見届けるかのように。 「シロウ」 「ん？」　 「ここは――あったかい、ね」 　呟きながら、リズは柔らかく微笑んだ。 　士郎はその言葉には応えず、ただ、目を細めるだけだった。 　季節は冬も終わり、まもなく春がやってくる頃。 　お祭り騒ぎの終わった後に、描き出される絵は何か。 　今はこの喧噪を耳に、やがて来る日を心待ちにしよう。 　雪解けはもう、すぐそこに――

by 荒田　影

士郎とリズを応援しています。
でも、そこはかとなくイリヤ応援になった気がしないでもない。
やはり前回投票時の心がどこかに燻っているのだろうか･･････。

賑やかなのも良いけれど、たまにはこんなのも、ね♪

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