「それでも私は肯定する」 　女は言った。 「この現実は、あのサーヴァントがいた証なのだから」 「付き合ってください」 　告白まがいの台詞を、むしろ命令口調で女史は言った。 「バゼット」 　さん、 　を言いかけて睨まれた。 　参ったな。呼び捨てにするにはまだ抵抗があるのに。 「俺、酒はあまり強くないよ」 　バゼットが差し出したのは一升瓶だ。何故日本酒なのか。似合わないような、似合うような。 　参ったな。士郎はもう一度、心の中で呟く。 　バゼットは藤ねえみたいに一人でも盛り上がって呑むタイプではなさそうだし、俺程度じゃまともに付き合えない気がする。 　いや。違うか。──俺は避けているのだ。 　なんというか、セイバーと初めて会った頃と似ている。バゼットは嫌いではない。けど接点が無いし、話題がない。二人きりになるのは抵抗があるのだ。 「おあいこです。私も弱いので」 　にこりともせず、宣言するバゼット。 「いいのか？……それ」 「いいのです。ほら、黙ってついてくる」 「ハイ」 　ずかずか歩くバゼットの後を、てくてく歩きつつ士郎は首を傾げる。 　いくら考えても解らない。どうして俺はこの人に懐かれてるのだろう。 　無言で三度もコップを空にしてから、ようやくバゼットは口を開いた。 「不思議に思いませんか？」 「なにを、かな？」 　ぎこちなくコップを握るバゼットの指──。男装をしているからか、何気ない仕草に女性を思い出してドキリとする。 「何故、誰も失われていないのかと。──夢は終わったのに」 　わからないことを言う。 「分かりませんか？この世界は元々こんなカタチではなかった。ここは現実なのに偽りです。けれど偽りであって現実だ」 「……えーと？」 「だからね、私は思うんです。夢が現実を塗り替えたのだと」 　彼女はコップごと──右の指で、左手の義手を包む。愛おしそうに。 「笑えるでしょう？笑うしかない」言って、バゼットは本当に笑う。「アレはきっと不本意だろうな。見ていたら舌打ちの一つでもする」 　相槌もないのにバゼットは独りで喋って、くつくつと笑う。 「アレに大層な意志があったわけじゃない。ただ一番どうでも良い存在のネガイを叶えようとしただけ。気紛れで救おうとしたのは、つまらない、本当につまらない人間だった。なのに、皮肉ね。それが多くを救ったなんて。……とんだ名前負けの英霊」 　いいけど。　 「なァ」聞いちゃいられない。「なんでソレ、オレに言うの？」 　──エミヤシロウは当事者ではない。その舞台で唯一、無関係なニンゲンだ。 　だからオレには意味、わかりません。 　バゼットはふわっと笑う。 「なぜでしょうか」 　その視線は月を見てた。 　コップを傾ける。彼女らしからぬ、味わうような仕草。 　ダレかが言った。──四日間が終わったらみんな元に戻ると。 　あるべきものはあるべきカタチに還る──と。 　しかし、還らなかった。あの四日間のカタチはそのまま現実に。 　ここは第五次聖杯戦争に参加した英霊が誰一人失われていない、都合の良い空間。 　ねじ曲がったままの──なんて、不実なセカイか。 　こんな現実、あってはならないのだろう。 　──なのに、 「それでも私は肯定する」 　バゼットが呟いた。 　それからわけのわからない台詞を吐いて──言いたいことだけ言いきって、眠ってしまった。 「……酔っぱらい」 「シロウ」 　呼ばれて士郎は顔を上げる。いつのまにか、イリアが側にいる。 「どうして泣いてるの？」 「え……？」月がぼやけている。目をこすると、ぽろりと水がこぼれた。「あれ？欠伸でもしたかな」 　イリアはじっと士郎を眺めて、 「──そうね。泣くような事は一つもない」 　そんな台詞をつぶやく。 「？」不思議そうに首を傾げる士郎。「俺どっかで聞いた。その台詞──ってぐえっ？」 　首に抱きつかれた。 「んふふ」 「どっどーしたイリア」 「なんでもなーい」 「って、全く」 　戸惑いつつ、士郎はイリアを抱きとめる。 　──そこは彼だけが存在しない世界。 　その変革に誰も気が付かない。故に、誰にも感謝なんてされるわけがなく。 　ただ欠けた月だけが、空から静かな地上を見下ろしていた。

by 駄犬上等

ホロウの後日談は好きだけど、
どのルートでもない展開に釈然としない部分はあり、
しかし納得してみたくて書いてみました。
そして意味わからなくなりました。ハイ蛇足！

とにかくアンリ・マユ支援。


全ての憎しみを知らなければ、
全てを許すことなど出来ないでしょう。

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