"英雄王の夢" by 影縫

彼は王であった。
広大な平野を遥かな高みから見下ろすその姿は紛うことなき王であった。
王の体は、三分の二が神で、三分の一が人であった。
王に並び立つ者は一人もおらず、王の認める者も一人もいなかった。

王はかつて暴君であった。
美しき娘の初夜権を独占し、力強き男の労働力を自らの権威を示すために使い潰した。
民衆全てに恐れられ、それでも独り、遥かな高みに立っていた。

神は王に匹敵するものを作り出した。
獣人エンキドゥ。
当初獣であった彼は、人間の知恵を身に付け人となった。
彼は王に挑み、まったく互角の力を見せた。

王は初めて認める者が出来た。
その者を王は友と呼んだ。
そして王は変わった。

王はもう暴君ではなかった。
神の力と人の心を持った王は英雄であり、賢君であった。

王と友は数々の不可能を可能とした。
世界中を旅し、あらゆる財宝を手に入れ、魔人フンババをも倒した。
太陽神シュマシュの加護を受けた王は真の英雄であった。

王の側には友がおり、友の側には王がいた。
王は友を信頼し、友は王を信頼した。
半神の王と神造の友は、二人にできぬ事などないと信じ、事実できぬ事などなかった。

そんな偉大な英雄王に豊穣の神が心奪われた。
豊穣の神イシュタルは王に求婚した。
しかし、王は豊穣の神の寵愛を受けた者の末路を知っていた。
王は冷笑を浮かべ、求婚を一蹴した。

誇り高い神は王の侮辱を受け、怒り狂った。
豊穣の神は主神に王への報復を願った。
主神アヌはその願いを受け入れ、天の牡牛を作り豊穣の神へと与えた。

豊穣の神の放った天の牡牛は、九年間の間、王の国ウルクを蹂躙した。
しかし、その天の牡牛も王とその友によって倒された。

それが悲劇の幕開けとなった。

天の牡牛を殺したものは神罰を受け死なねばならぬ。
友は熱病に倒れた。
王は国中の医師を集め、薬師を集め、呪術師を集め、神官を集めた。
それでも神の呪いは解けなかった。
友は王に看取られて息を引き取った。

王は嘆き悲しんだ。
王は冷たくなった友に、まるで花嫁にするかのようにベールをかぶせた。
そして、幾日も涙に暮れた。
王は友を得て、独りではなくなった。
独りでなくなった王は、孤独に耐えられなかった。

〈以下オリジナル部〉

涙は枯れ果て、精も根も尽き果てたある日、王は希望に出会った。
「死した者は、何時の日にか、再び生を受ける」
王は待つ事に決めた。
いつか友が生まれ変わる日を。

それは限りなく不可能であった。
友が再び生を受けるのは何百年も先の事である。
さらに、前世の記憶は失い、まったくの別人となる。

しかし王はその不可能をも可能としようとした。

いつか友が生まれ変わる日、その日まで生きているために不老不死を求めた。
いつか、友がエンキドゥとして生れ落ちる日まで待とうと決めた。

それはなんと儚い希望だろう。
ありえない未来を夢見ながら、永遠を生きようという。
王はそんな薄い希望にすがるほど友を愛していた。

王は不死を求める旅に出た。
いくつもの苦行を超え、無数の試練を超え、とうとう王は手に入れた。
不老不死。
これで何時までも友を待つ事が出来る。
その希望に感涙し、疲れ果てた体を休めた。

王が体を休めている間に、一匹の蛇が忍び寄ってきた。
蛇は不死の薬草を奪い、一飲みにしてしまった。
王が気づいた時には、すでに手遅れだった。
忘我する王の目の前で、蛇は豊穣の神へと姿を変えた。
ここに豊穣の神の復讐は完成した。

王は涙を流し、絶望した。
希望とも言えぬほどの、小さな希望。
それすらも失い、待つ事の出来なくなった王は絶望にくれる。

絶望し、何も残らなくなった王は契約する。

「契約しよう。我の死後を捧げよう。ここに報酬を貰い受けたい」

全てを手に入れ、何一つ手に出来なかった王が、最期に何を願ったのかは誰にも分からない。