"アイリッシュティーを君と" by 略青

「あっはっは、冗談言うもんじゃねぇよ！」
「そんな冗談じゃなくてですね…」
「いやいや…アヤコが美人じゃねぇなんてほざく野郎がいたらだな…」
「いたら…？」
「俺の槍でそいつの目玉えぐってきてやるさ！！」
「それじゃ殺人ですよ？！」
「何言ってんだ？それくらい構やしねぇさ」

と微笑ましい中に、休日、人で賑わう新都バス停前にふさわしくない内容を内在した会話が交わされる。会話の一方は鍛えぬいた長身にアロハ姿という、パッと見アレな青年。
もう一方は、年の頃は17・8の日本風の顔立ちが印象的な美少女。通りすがりなら、少女が男性に絡まれているように見える組み合わせ。
だが、少女の楽しげな笑い声と、時折見せる青年への憧憬の視線がそんなダークな可能性を否定している。それでもなお、彼らへの訝しげな視線が無い訳ではないが、全く気にせず言葉は交わされていく。

「で要は、だ。美人のアヤコはただ今彼氏募集中で、今日は特に予定もなくブラブラしてるってことかい？」
と青年の失礼っちゃこの上なく失礼な質問に
「まぁ、そんなとこです、大体は」
困ったような、しかし柔らかな笑みで答える少女。
「ランサーさんは、何でまた新都に？」
「いや、俺は一応こっち在住の身でな。ま、予定が無いのはアヤコと変わらんのだが」
カカカ…と予定が無い事が如何にも楽しい事のように豪快に笑う青年。
それを聞いて少女の顔が喜色に染まる。無論、この場合の喜色とは紅色。
「あ、それなら…その………」

―お茶でも一緒にいかがですか？

という言葉が少女の細い喉を通ろうとした瞬間に
「おっと……悪ぃ、ちょっと用事が出来ちまったみてぇだ」
遠くを見つめる瞳のまま告げた、青年のそんな言葉が、少女の言葉を押し戻した。
「すまねぇ…アヤコみてぇな美人が暇してるってなら、アイリッシュティーを馳走するの　が俺の流儀なんだが…」
「あ…いえ…そんな…気にしないで下さい！」
そう答えつつ、ガッカリしてるのが顔に出てませんようにっ！と少女は心中で祈る。
「いや、ちぃとばかし、戦友がこの世の終わりみてぇな顔して歩いてるのが、目に入った　もんでよ…へ、職が無いくらいで情けねぇったら…一発、こう…喝入れてくらぁ！！」
と叫ぶがいなや、駆け出す青年。
「あ、頑張って下さいっ！私、応援してますからっ！」
戦友？親友の聞き間違い？とキョトンとしつつも、少女は何とかその言葉だけ青年の背中に投げかける。その言葉に

「万人力だ！今度暇があったら、極上のアイリッシュティーをご馳走してやるぜ！」
と振り返り,告げた青年の表情は、満面の笑顔だった。

その笑顔に少女はしばし呆けた後、彼が駆けていった方向に視線を移す。
「おい、バゼット！なーにシけた顔して歩いてんだよ？」
「な？！ら、ランサー？！あなたこそこんな所で何をしてるんですか？！」
そんな青年と、スーツ姿の、声からすると女性の喧騒が少女の耳に届く。確かに騒がしい二人のやりとりだが、決してツンケンしたものではなく、むしろ仲のいい犬同士のじゃれ合い少女に連想させた。
しかしその普通なら笑みがこぼれるような光景を閃いた途端、チクリと胸が痛くなって

―モットハナシテタカッタノニ。

少女と誰とはなしに、呟く。
何となく部活の後輩の顔が少女の脳裏をよぎった。あのしっかりしてるくせに,押しの弱い後輩は、こんな呟きを毎日のようにしてるのかも知れない。そう思うと即、自分の携帯をバッグから取り出し、彼女の携帯に電話。

「もしもし？あたしだけどさ？」
「ハイ、間桐ですけど…美綴先輩？」
「あぁ…突然すまないね」
「いえいえ…で、どうかされましたか？その…部活の件でわたし何かポカ…とか？」
「いや、そうじゃなくてな、桜…」
「はい？」

「あたしゃ、桜を応援するからね」

「へ？へ？」
「遠坂なんかに負けんじゃないよっ！」
「は、はいっ！何だかよく分かりませんが、間桐桜！頑張りますっ！！」
「よしっ！いい返事だ！流石はあたしが見込んだだけはある！」
「あ、ありがとうございますっ！サー！」
「アッハッハ…あんたもノリが良くなったねぇ…」
「アハハ…先輩のお陰ですよ…」
「で、話は変わるんだが時に桜、あんた今暇かい？」
「ぇっと…お掃除もお洗濯も済ませましたし…夕飯の買出しにはまだ早いですし」

―なら、ちょっと紅茶でも飲みにいかないかい？アイリッシュティーでもさ？

小一時間分もすれば、後輩は新都に来れるという事。
「さってと、紅茶チビチビ、待つ女の勝利の方程式でも考えますかっ！！！」

―終―