"一応バゼさんとランサー応援SS" by 高久高久

私―――バゼット・フラガ・マクレミッツは港に来ていた。
上を向けば空の藍、下を向けば海の蒼。
時折吹いて頬を撫でる潮風に乗って、ウミネコの鳴き声が耳に入る。
自然という物を感じさせる冬木市の港は穏やかだ。
そんな所に、彼はいた。
「・・・まさか本当にいるとは」
私は思わず呟かずにはいられなかった。
私の目に入った派手なシャツを着た男
彼は聖杯戦争における槍兵のサーヴァント、ランサーである。
この男を見て、誰があの名高き英雄であるクーフーリンだと誰が気付こうか。
そしてそのアイルランドの大英雄は今、気だるげに海を見つめながら釣竿の糸を垂らしている。

『ランサー？午後はよく港で釣りしてるけど』
私用でたままた港の近くを通りがかって、私はその言葉を思い出した。
衛宮士郎が嘘を吐く人間とは思えなかったが、どうも信じられなかった私は港に立ち寄ってみたのだ。
その結果、衛宮士郎は嘘を吐かないと再確認することとなった。

「よう、誰かと思ったら珍しい客だな」
背後まで歩むと、ランサーは海面に目を向けたまま言葉をかけてきた。
「・・・で、貴方は何をしているのですか？」
「ん？見てわからねぇか？釣りだよ釣り」
ランサーは顎で竿を示す。
「それは見れば解ります。私が聞きたいのは何故釣りをしているかということです」
「暇潰し。バイトもないからな。鍛錬にもなるし」
「バイト・・・ですか」
あの底意地の腐った修道女、サーヴァントにバイトをさせるとはなんて奴だ。
サーヴァントに求めるは自己の管理と有事における最大戦闘力。それをあろうことかアルバイトに使うとは。
「んでアンタは何してんだ？」
「私は・・・就職活動の帰りです」
この港に立ち寄った理由、それはアルバイトの面接がたまたまここから近く、帰り道に通りがかったからである。
「は？」
そこで初めて、ランサーはこちらを振り向いた。何を言っているのか解らないという表情で。
「し、仕方が無いでしょう・・・私は現在フリーランスの立場なのですから・・・」
以前は私は魔術協会に所属になっていたが、色々あって現在はフリーランス。つまり無所属だ。所属の無い魔術師なぞ、無職と変わりが無い。この現代日本で、魔術師が稼げる仕事などそうそう無いのだ。
現在は衛宮士郎の家に居候させてもらっているが、いつまでもいるわけにはいかない。
「けどお前、金に困ってるわけじゃないだろ？あんなケースいくつも持ち歩きやがって」
確かに金に困っているわけではない。持ち込んだジェラルミンケースには、暫くは食うに困らない札束が詰まっている。
しかし職には困っている。私という人間は金があるからといって、ただ怠惰に、労働意欲を持て余して暮らすということには耐えられない造りになっているようだ。
そう説明すると、ランサーはコメカミに指を当てた。
「クソ真面目な奴だとは思っていたがここまでとは・・・」
「なにやら失礼なことを考えているようですね。それに貴方を養えるくらいにならなければマスターは勤まらないではありませんか。何しろ貴方は私が召喚したサーヴァント。最後まで面倒を見るのは当然のことです」
「ほんっとクソ真面目でいやがる・・・お前今時間あるか？」
「時間？特に用事はありません」
「ならんなとこ突っ立ってねぇで座って見てけ」
返答をする前に強引に横に座らせられる。
「な、何故こんなことを・・・」
「理由？特にねーよ・・・っと」
竿を引っ張る。どうやら当たりが来たらしい。
「サバか」
「サバですね」
獲物を確認すると、ランサーはつまらなそうにサバの口から針を外す。
そして彼は、サバを海に放り投げた。
「・・・貴方は何をしてるんですか？」
「あ？」
「あ、じゃありません！！折角の獲物を何故逃がす真似をするんですか！！」
「何故って、サバなら山ほど釣れっからな。とっといても大して面白くもねぇ」
「理解できませんね。魚を釣るための釣りでしょう？その魚を何故逃がすんですか！？」
「・・・ってか、そもそも俺はんな釣る気はねぇよ。ま、大きな当たりがあれば儲けだがな」
「釣る気が無い？では何故貴方は釣りをしてるんですか？」
釣りというのは、魚を捕らえる為の行動だ。彼の言葉はそれを否定するようなものだ。
「別に釣りってわけじゃねぇ。海の様子を見るのが楽しいだけだ」
「・・・楽しい？海を見ることが？」
理解できない。この変わり様がない風景の何処が楽しいというのだろう。
「・・・一つ聞かせろ」
そんな私を見て、ランサーが問いかける。
「答えられる範囲なら」
そう言うと、ランサーは言った。
「お前、趣味とか無いの？」
「趣味・・・ですか？そんなものありません。必要ないですから」
そう言うと、ランサーはまたもコメカミを抑えた。
「前々からそうだとは思っていたが・・・重症だな、お前。ああクソ、俺の周りにはほんっとまともな女がいねぇ」
ランサーは今度は頭を抱えている。人に失礼な口を利いておいてなんだコイツは。
その無礼者は、明らかに不愉快そうな顔をして私に問いかけた。
「お前、それで人生楽しいか？」
「・・・楽しい必要なんてありませんから」
一瞬言葉に詰まるが、はっきりと言い返す。
そう、私はそうやって生きてきたのだ。必要ないものは排除する。無駄は不要だ。
すると彼は、呆れた顔で言った。
「お前、正真正銘の馬鹿だな」
言うに事欠いてそれか。
「・・・馬鹿、ですか」
「ああ、大馬鹿野郎だ。生きる楽しみってのを知りやしねぇ・・・いや、知ろうとしてねぇ。必要ねぇ必要ねぇってな」
吐き捨てるように彼は言う。
「・・・実際に必要ないのだから仕方がないでしょう」
「だからそれが悪いっつーの」
「何故ですか！！それに貴方には関係ないでしょう！？」
「いーや関係ある。女殺しと主君殺しはしない主義だからな」
「な―――」
言葉に詰まる。
今、彼は何と言った？
「・・・もう縛るもんもねぇってのにいいじゃねぇか。そのまま溜め込んで朽ち果てるのか？」
「見てるだけで冷や冷やする。体中が悲鳴上げてんのに、それでもまた続けようとする」
「また俺にお前を殺させるつもりか？冗談じゃねぇぞ」
ランサーの声が続く・・・が、私は黙ったまま。
反論なんて出来やしない。
一方的な攻め。私は守りにも入れなかった。
そして、終わりは来た。

「俺はお前のこと、結構気に入ってんだぜマスター」

決定打だった。
もう私の言うことはない。完全敗北だ。
「・・・ずるいですね。そう言われてしまっては言葉がありません」
「そうかい」
そう言うと、ランサーはさっきまでのように、気だるげに、趣味の世界に入った。
沈黙の世界。揺れる水面の音すら聞こえてきそうだった。
しかし重苦しさがない。何処か心地よささえ感じる。
だからだろうか。
「・・・見つかるでしょうか、私に」
そう、呟いていた。
誰に問いかけたのかはわからない。自分にかもしれない。
そんな問いを、ランサーは少し間を空けて、
「見つかるんじゃねぇの？」
と言った。
「無責任ですね」
「俺自身のことじゃねぇしな」
「矛盾してますよ？さっきのことと」
「いいじゃねぇかよ、そんな些細なこと」
そう、彼は無邪気に笑いながら言った。
そこに、幼い頃から思い描いていたハシバミの少年の笑顔があった。

『・・・貫（わ）かれてもー♪好きな人ー♪』
「わああああ！！」
突然、あの修道女の声が聞こえた気がした。
「お、おいどうした！？」
突然の私の行動に、ランサーが驚き振り返る。
「な、なんでもありません！！ああ貴方の事なんて何とも思ってませんから！！」
「はぁ！？」
ふぅ・・・落ち着けバゼット・・・ここにあの女はいないではないか。
そうだ、私は彼の事なぞ何とも、
「・・・そういうのがいいくせに」
「そ、そんなことありません！！面倒なだけと何度言えば・・・っていつからそこに！？」
いないはずの修道女、カレン・オルテンシアがそこにいた。さも当然という顔をして。
「貴方達が並んで座ってたと思いきや、痴話喧嘩を始めて、最後甘ったるい空気を醸し出したところまで
見ました。声をかけようとは思いましたが痴話喧嘩が面白そう・・・いえ、邪魔しては悪いと思いまして」
やはり底意地の腐った奴。ここで一度決着をつけるべきか。
「おい、お前さっきから何言って・・・」
「貴方は黙っていてください！！」
「・・・ああ、それなら俺は帰る。急用を思い出した」
そう言うランサーを、カレンの聖骸布が捕らえる。
「「逃げるな」」

そしてその後・・・
「いい加減彼を返して」
「貴方が条件を飲めば済む事でしょう。私だって同じ犬なら手のかかる猟犬より、あの早漏の駄犬の方がよかったのに・・・」
「聞き捨てなりませんね。気に入っていないのならとっとと手放した方がいいのでは？」
「気に入ってはいませんがそれなりに便利ですので」
日が暮れるまで延々と私達の言い争いは続いた。
「・・・いい加減離してくんねぇか？」
ランサーは私達が気付くまで、聖骸布に捕まったままだった。