現実か空想か
―――ふん。 鼻で笑い、辺りを見渡すが1つの草も1つの川も流れてはいない。 只、只足下に広がる死の群れは赤き弓兵を浸食する様に地平線の向こうまで続いていた。 其所にあるのは正義の代償、1人を助けるためには10人を殺さなければ為らず、10人を助けるためには100人を。 そうして築き上げてきたものが足下に、眼下に広がる光景である。 その様にもう思う心など麻痺してしまったのだろうか、冷淡な視線を向け弓兵は歩いた。 ―――ふ 唇から息を吐いたときに気づいた、唇が乾いていることに。 思ったよりも己が僅かか動揺したのかそれとも只水分が足りなかったのか。 ――まぁ、どうでもいいことだ。 己の\"中\"でそう呟き歩き続けていく。 剣の、人の墓場。 墓標は立たずもしかしたらその者が所持していた剣が墓標代わりか、人は鎧以外を大地に帰化させるように日が経てば腐り落ちる。 ならば墓標など意味を成すのか。 ふと思った己の思考に苦笑めいた表情を浮かべ、己の姿を見れば。 己の服の色が赤なのに、その色がどうしても他の血で濡れた色にしか見えぬ。 当てもなく、果てもなく、弓兵は歩く。 いつまで続くか知れぬ死の群れが足下に絡み付いて歩みを止めようとするが、ブーツの足は容赦なくその死を踏みつけた。 歩けど歩けど、果ては見えぬ。 朝昼夜と日が巡ろうが死は足下に、蠢くように黒いその姿を現していた。 数日と立てばその死は腐り、腐臭を立て何とも言い難い、肉の腐る匂いが辺りに充満している。 匂いに目を顰めたが足を進ませ続け、溜息すら出なくなった、歩き始めて7日後にようやっと果てが見えた。 肉の絨毯を歩き続けた足は、床に立つとざくりと新鮮な音を上げる。 その堅い地面に思わずほっと溜息のような呼吸をはいたものだ。 「…ふむ。暫く肉料理はご免だな」 後ろを振り返るとその光景は過去のものと同意義、鴉が腐った肉を突いて食らっていた。 久しぶりにちゃんとした布団で眠りたい、まともな食事をしたい、と思いを馳せているが見渡せど見渡せど大地が続き街など見つかりそうにない。 仕方なしに行き先も決めず弓兵は歩き続ける。 今まで死に足下を掬われそうな思いをしていた癖に、いざ\"人の姿をしていないもの\"に出会わなければ寂しさに似た感情が湧き出て来るもの。 孤独感。 単語を思い浮かばせながら足を止めて辺りを見回す。 平原、草木1本生えていない、地はずいぶんと雨が降っていないのか土が割れている、そうして膨大な広さ。 先程から現実ではない様な錯覚を感じつつある弓兵は、己の手を軽く傷つける。 そこから血が流れ出しぽたりと落ちるが痛さはない。 首を傾げるが正解には至らず歩みを進めた。 手には何も持っていない、外套で身体を包み今だ力強い歩の進みを見せている。 抑も弓兵とは何処で名付けられたものか。 己の名前は弓兵ではなく「 」ではないか。 しかし、否。 思考の迷宮に迷うところを、以前から大切に持ち歩くペンダントの重みで我に返った。 幾ら歩き続けても何も見えない。 流石に疲れついにその場に座り込んでしまった。 気づけばあの場にいたが、何故己はあのような所に居たのだろうか。 空を見上げれば同じ空の色―――ではない。 朝昼と太陽が動き続けていたようにも見えたその空は無情にも太陽など存在せず、在るのは、何か歯車のようなものがぐるぐると動いていた。 思わず目を開く。 驚愕するその表情と見回せば何もないはずの大地にその\"剣のみが刺さっている\"様子に一瞬にして理解する。 『unlimited blade works』 何故だ、困惑する弓兵に景色はめまぐるしく変わり、今では全てが固有結界そのものへと化している。 しかし踏みつけて歩いた人の数だけ剣が消え、足音が乱雑に聞こえたかと思えばその死そのものが歩いて此方に向かってきて居るではないか。 それは己の罪を、己の正義という奴を振りかざした代償を見ろと言わんばかりに。 先程から急激に変わっていく情景に理解が出来ず、只、敵意を見せたその死に立ち向かうしか思いつかない。 ならばもう一度、次は苦しまずに。 干将莫耶を詠唱無しで手元に具現化させれば何百人とも言える人の群れへと走り出したその瞬間。 世界は凍結し。 己も凍結し。 響く声は女の声。 弓兵の名を呼ぶ声。 は、と目が覚めるように視界がまたぐるぐると変わり、見えている者は何だ? 凜が心配するかのようにアーチャーを見下ろしていた。 「……っ!やっと起きたのね」 凜は急に目を見開いた姿に動揺して顔を引く。 アーチャーが周りを見回せばそこは凜の部屋、何故此処にと理解できない困惑めいた表情で辺りを見回していたが、もう、と凜が声をかければそちらを向いた。 「…貴方、キャスターに呪いを受けてからずっと眠りっぱなしだったのよ?」 「キャスターに、呪い…だと?」 「……まさか、そんなことも覚えてないとか言うの?」 「―――ああ、すまない。説明してくれると助かるのだが…」 簡単に説明すれば、キャスターとの交戦中凜に呪いをかけたらしい。 が、しかしその呪いは凜に発動せず具現化したアーチャーが庇うようにして受けてしまった。 その時は何ともないと言っていたのだが、戦闘後に具現化できないほどに弱りそのまま倒れるように消えてしまった…らしい。 マスターである凜はアーチャーに魔力を供給し続けているから場所の特定が出来ていて供給量を増やすことで何とか具現化もさせていた。 その代わりに士郎やセイバーに借りが出来たとか云々嫌みを言われたがさておいて。 約1週間近くかけて呪詛の分析が完了、解除に至ったわけである。 「まぁ?呪詛が軽いものだったって事と、レイラインで繋がってたから出来たことだろうけど、普通だったら解らなかったかもね。なんせキャスターの呪詛だから…」 古代の魔女が使う呪詛など自分たちが知り及ぶところではないものもあるだろう。 様々な偶然が重なって奇跡という奴が起きたのだろうかと横になりながらふと考える。 「…にしても、呪詛にしては可笑しな夢だったな」 「何?あんた夢でもみてたの?」 「……ああ。君が聞けば気持ちの悪いと言いそうな夢だろうがな」 「…なら聞かないことにしておくわ」 「夕飯に肉料理はご免だ」 「だーかーらー!匂わせること言うんじゃないの!」 「ああ、すまないな」 憤慨してみせる凜にくつくつと皮肉げに笑うアーチャー。 身体を起きあがらせベッドに座る、立ち上がれば体中の筋肉がぎしぎしと悲鳴を上げているような気がした。 「もうちょっと休んでからの方が良いんじゃないの?ついさっき解呪出来たんだから」 「少しでも身体を動かさんとな。身体が悲鳴を上げてるようでかなわん」 「なら、ちょっとくらいは良いと思うけど…直ぐ戻って来んのよ」 その言葉に、ああ、と1つ返事で答えると姿を消しそのまま屋根まで跳躍する。 自分の目で見る世界、先程まで居た世界と全く違うその空間。 座り、あの呪詛が自分の罪をひたすら見続ける夢だとしたら…それに動揺しなかった己はと口元に苦笑を浮かばせるしかなかった。 そんなものはもう見過ぎているというか、何も感じぬというか、何とも表現しがたい感情がぐるぐると渦巻いている。 只、現実があんなものだと諦めがついているだけかもしれない。 そう考えるとずいぶん年をとったと苦笑するように、空を見上げていた。 今日も、月が、綺麗だった。
by 彌堂忍
今回もギリギリで投稿させて貰いました。 前回良い具合にギャグだったのでシリアスで… hollowは未だですが相変わらずアーチャーです。 3位維持、もしくは上位に食い込んでくれることを願いつつ!
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