"FATE Zero " by α

それは始まりにして終わりの物語。FATE、其の残酷な運命（さだめ）に抗おうとした。
騎士王の最後の叙事詩。しかし、それは誰も知らず、これからも歌に謡われることはない、影の物語。歴史の影にいたものが最後の最後に冷たい運命に反旗を翻した、それは悲しくも全ての悲しみを終わらせる為の終わりの戦いだった。

さあ、ほんの僅か、断片的ながらも私が知りうる限りで、その物語を紐解こう。これはこの世の機構に抗い、屈した一組の男と女の夢物語。その断片的な記憶である。

みなは知っているか？二人のアーサー王がいたことを。

物語の端緒は今より千年以上前に遡る。

一人の騎士が暗い森の中で一人の老魔術師と交わした約束、それが全ての始まりだった。
「取引をしよう、マーリン。わたしは持っている。お前が求めても得られなかった真理の答えを」
　それはただのハッタリだった。しかし、この物語は全てそこから始まったのだ。

それから一つの千年紀を過ぎ、さらに幾ばくか経った頃、現在。最後の物語は千年を越えて物語の続きを描き始めた。

かつて、聖杯という名を冠する戦争が起こった土地。しかし、もはや全てに決着が付き、全てが終わったはずのその土地に風が吹き始めた。勘のいいものはそれに何かの予感を覚えたかもしれない。しかし、いつか大嵐を呼ぶ其の風も今はただのつむじ風に過ぎない。

一人の男が冬木の町に降り立った。２０代の金髪の偉丈夫が航空機から降り、光に目を細める。そして、一度だけ不敵に笑った。
「さあ、始めようか。一人だけの聖杯戦争を。」
　それが、終わりの始まり。終着点に向かう死への行軍。
　しかし、この時点では其の男も一人の女を救おうとしてさらに厄介な女に付きまとわれることになるとは思ってなかったと後に述懐したという。

第六次聖杯戦争。後に６６６、スリーシックスと呼ばれる、その知られざる最終聖杯戦争は誰しもが予想しない、もしくは誰も望まない形で再開された言われる。そう、誰もこの続きがあるとは思っていなかったのだ。
　それは、２００年もの歳月を掛け作られた霊場で、そこに降り積もった人の因果を媒体に、真の聖杯を用いて行われた。本当の意味でのラスト、そして本物の聖杯戦争だった、と言われている。

そうこれは全てが伝聞であり、それが本当にあったかのすらもはや当事者にしかわからないことだ。それは全ての意表を衝く形で始まり、誰にも知られぬことなく幕を閉じた。

男は一人の女に出会う。本人はあくまで女の「子」だと主張するが、この際どうでも良いだろう。「どうでも良くないです、そこは最も重要なところで」とは其の女の談だが、無視だ、無視。

話に戻ろう。その女はいわゆる落ちこぼれだった。優秀な魔術師の家系に生まれ、その生まれにも曰くがあり、将来を期待されていたが、全く魔術を行使しない。出来ないのではなく、しない。正確に言うと、資質としてはずば抜けているが精神的な面でそれが不可能なのだ。彼女は魔術を使うことを極度に恐れている。正確に言えば、自分が魔術を行使した際に現れる「何か」を恐れているのだが、本人はそれが何なのかを明かすことを頑なに拒絶する。結果的に無用の長物とはこのことで、何度か更正を試みたものの魔術の使用を一切拒む彼女を置いておく場所は魔術師の庭には無かった。彼女は両親を事故で失っていることもあり、遠縁の平凡な暮らしをしている家族の下に預けられた。その子はそこで平凡な家庭の子供として生涯を終える筈だった。

筈だったのだが、彼女が預けられた場所が冬木という町で、穂群学園という学校に通っていたことが彼女の運命をとんでもない方向に捻じ曲げることとなる。あるいはそれも、全てが運命の定めるところ、予定調和の中だったのか。今ではそれは謎のまま。
　この物語の結末が万人にとって、あるいは当事者、または運命を定める何かにとって良かったのか、あるいは想定の範囲内のことだったのか。あるいは別の道があったのではないか、と思うことがある。

それは似た者同士の男と女が織り成した別れの舞踏。あるいは永遠の再会を繰り返すその端緒。長く辛い物語のその第一章である。

男は影が光と成り代わることを望んだ。永遠の闇の中にいた男がそこを這い出て栄光の光を手に入れようとした。それは本当は俺が手にする筈だったのだと。光よ、今度はお前が闇の中を這いずる番だと。本当の光の神子は俺なのだと、光と運命に宣言した。これは光と闇の戦い。負けた方が闇へと落ちる。勝ったものが新たな太陽（光）となるという神話時代からの構図の再現だ。

女は全てを諦めていた。怖い、怖い。平凡に生きていきます。だから、許してください。こんな、こんな、聖杯戦争に巻き込まれるなんて思ってなかったんです。謝る、「誰か」に向かって？いや今でもじっとこちらを見ているであろう「何か」に向って。
あの人、あの人が悪いんです。私は参加なんかしたくないのに魔力の素養があるというだけで私をマスターにするなんて、勝手すぎる。何なのあの人。人を物扱いして。私は、私はもう魔術なんか使わないんです。もういいでしょう、許して。私はもうあんな光景は見たくないの。

光の聖杯
光の聖剣
アヴァロン
古き魔術書
闇の魔剣
闇の魔杯

正対する二つの運命が重なる時、全ての運命は反転する。コインの表と裏、それは表裏一体の理（ことわり）。この戦争の勝利者が全てを、自らの運命を手に入れる。光が闇に、闇が光に。それは極小の太極図。陰と陽、陽と陰が互いに極まり流転する。

男は戦った、たった一つの願いを叶える為に。
「千年、千年の時間を掛けた。運命が許す時を待ち、そこに至る道を築き、人々を踊らせた。マーリン、お前が言った全ての神器を揃え、お前が行ったこの予言の時を待った。お前の予言が正しければ、これで俺は全てを失い、たった一つを手に入れることが出来る。お前はまた「愚か者、また簡単に騙されおって」と笑うかもしれんが、まあいい・・・・・これっきりだ・・・感謝・・・する。事が成れば、約束どおり隠者のお前が現し世に出てまで求めた真理の答えを教えよう。」
　まあ、ほんとはもう全部わかっているのかもしれないが、と男は少し微笑んだ。

全てを諦めた女は、全てを諦めながら一つのものを目指した男を見た。

女はこの男と生きたいと思った。それが全ての始まり。女は足を震えさせながらも、いにしえの魔術書を手に取った。戦いが始まった。

聖杯機構の強制再起動。現世に出現した、巨大な対極図。その巨大な可能性の渦は周囲の時間・空間を歪め、その前後にある空間・時間全てを吸い寄せて混沌の渦を作る、さながら巨大な熱帯低気圧、時空間的な大嵐となって全てを内包した。見るものによっては特異点、ブラックホールともとれるそれはつまり、強制再起動前後の平行世界全ての状況をそこに持ってきたことを意味する。多重次元屈折現象の広域指定、ただし冬木市限定の。

こんな出鱈目なことがあったなどと魔術師協会に報告したならばその場で魔術師たる資格無しと速攻クビになること請け合いだ。だから、これは夢物語なのである。これは当時、冬木市にいた、もしくはいる可能性のあったものでしか感知できていない。これだけのクライシスを、だ。ほかのどんなところもこれを感知できてないなんて、あほな事が・・・・あったらしいのだからまったく間抜けな話だ。かく言う私もこれをある程度の推論を交えて書いているため、正確なところは本当に当事者しかわからない。
　その後の出来事は、かろうじて彼女が話す断片的な話の羅列になるが、とにかく事はさすがに世界の防衛機構とやらがこの世界危機を、ある一線を越えたところで納めたらしい。その後は特異点も閉じ、よくは知らんが、その聖杯戦争の戦果によって、色んな可能性が入り混じったまま整合性は取られたそうだ。その辺がこれだけの異常事態がある一部の人間以外には感知できなくなった原因なんだが。まったくそんだけの力があるなら事が起きる前に対処して欲しいものだ。
　しかし、その防衛機構とやらも事後処理的な対処しか出来ないのか、それともそうする必然があったのか、もし後者ならこの後続きがまだあるのではないかと睨んでいる。

後はそうだな、その後の断片的な情報については「彼女」の愚痴がいくつかあるか。

曰く、
「あの人はほんと女の敵です。デリカシーないし、横暴だし、平気で卑怯な手使うし、性格悪いし、ほんと使えるものは何でも使おうとするし、ほっ他の女の人にも手を出そうとするし、あれで「自称」アーサー王なんですよ？！絶対詐欺です、ロンドンの乙女たちの夢を歴史家の人たちを冒涜するにもほどがあります。大体、「少年じゃない」じゃないですか？！アヴァロンは１０年前に手放したから？！そんな言い訳通用すると思ってるんですか？」
　問題はそこなのか？まあ、実際のところそのアーサー王は実在自体微妙なファンタジー世界の人で割りとひどいこともしてたと思うが敢えて言うまい。

曰く、
「『あの時代では時と状況に合わせて騎士道もそれなりに発揮してたが、お前に対しては特にその必要もあるまい』なんてこと言うんですよ、そこのところどう思います？！女の子を馬鹿にしてますよね！
大体ひねくれているんですよ、自分は影だからどうとか、辛いことはいつも女の方に任せて、自分は簡単な卑怯で汚い裏の仕事で化け物ばかりと戦ってたからって、仮にも王を名乗る人が！情けない！」
　ひどい言われ様だ、少し同情する。確かに王様ってのはきらびやかな見た目と違って、意外に冷たい利害関係に上にあったりするから孤独な場合が多いそうだが、それでも裏の仕事がそう楽だったってわけじゃないとあるまいに。気に入られてたってことだと思うけどなぁ。

曰く、
「あの人とはもう絶交です。人には散々諦めるな、前に進めと言いながら、自分は結局最後諦めて、運命に屈しただけじゃないですか。人がせっかく、せっかくついて行って上げてもいいかなと思ったのに、すぐにいなくなっちゃうってどういうことですか？本末転倒、竜頭蛇尾じゃないですか？！」
わかった、わかったから泣きそうな顔は辞めて欲しい。どうでもいいが、こいつは同じ事を続けて言う癖があるな。ほんとに絶交するなら何故ここにいるのか、それを逆に問いたい。

その「彼」が光の座へと消えてから、彼女はそれを追おうとしている。曰く、「行ってぶん殴ってやるんです」とは本人談だが、果たしてそれは本当だろうか、かなり疑わしい。会った途端何も言えずに許すタイプだ、彼女は。それもほんの少しの逢瀬の為にこの後の全生涯を掛けようと言うのだから酔狂加減では彼女も負けていない。
　今、彼女はかのゼルレッチ老の元で「魔法使い」になる修行をしている。この酔狂共の親玉たるかの大魔法使いはこの度、弟子を取るとか言い出した。その最後の枠が、みな優秀な弟子を廃人にされるのを恐れて、決まらなかったのをこいつが掻っ攫ったのだ。
　ほんの数ヶ月前とはまるで別人のような決断力だ。だが、実際の所、こいつは稀に見る先天的な魔法使いの素質を持っていることが、後に証明されるわけなんだが。なんでも誰でもすぐに廃人になれるとかいう虚無空間とやらに放り出される修行についても一人だけ涼しい顔をしていたらしい。
「もっと怖いものを見たこともありますから、それに本当に怖いことが何なのか、もう私は知っているから。」
絶対嘘だ。その後、ずっと影では蒼白になってたのを知っている。誰よりもその怖さを知っているからこそ尚更恐ろしいだろうに。

この人間特異点というか台風の目の直系をほっとくとまた例の大災害の一歩手前を呼び寄せるんじゃないかと根拠のない予感が頭をよぎるのだが、まあいろんな意味で運命が反転してしまったということだろう。光が影となり現世に残り、代わりに影が光となって座へと消えた。彼は幸せだっただろうか。湖のほとりで彼の片割れの代わりに迎えた死は、千年を超える彼の人生に安らぎを与えたのだろうか。

「ちょっと聞いてます？おーい」
「はいはい、聞いてますよ。」
　ふぅ、彼も大変だ。このお節介焼きが諦めない限り、彼に永遠の安らぎは訪れないだろう。きっとほんとに魔法使いになって、彼が現れるという世界の危機の際にその傍らに在ろうとするだろう「彼女」は。まったく人間辞めてまで会いたいかねぇ、その人に。永遠の時間の中でほんの瞬き程の逢瀬を求めて生きる・・・・か。いや、連れ戻すつもりなのかな？彼女は。
「あんなの輪廻の枠から外れる解脱なんていう人もいるけど、ていのいい奴隷じゃないですか！」
　とは彼女の談だが、英霊の次元の話は彼らでないことにはわからないが、彼女を見てると彼女の言い分の方が正しいように思う。さて自分はおそらく短命に終わるが、もう少しこの世話焼きの癖に世話のかかる女の面倒をみてみよう。

・・・・ほんの少しだが、彼の気持ちもわかる。彼はきっと彼女を日の当たる場所で平穏に生きて欲しいと願ったのだ。それは対象は違っても彼が千年以上の時を掛けて叶えたかった願いと同じなんだよ。それに気付いているかい？君は決して妹君と比べて軽く見られていた訳じゃないんだ。
　彼女は勝手だ、乙女心をわかってない、というが、男の心情も複雑なんだよ。と今度言ってみよう。百の反論が来るのは目に見えているけれども。
　
彼は「荒れ野の魔術師」マーリンとの約束の問い。「人は何の為に生まれてくるのか？」に対して。
「生きるために」
、と答えたそうだ。
　千年を生きた男が辿り着いた答えとしてはなかなか振るっている、とまだまだ人生悟れていない私はそう思った。そうきっと彼こそが真に平穏な日常と言うものを愛していたのだ。それを全部捨てて彼は惨めな生き方を選んだのだ。全く敵わない。敵いっこないが、せめて自分は命が尽きるまでこの子の生き様を見て記していこう。いつか彼が彼女に連れられて現世に戻ってくる、その時の為に。

アルバート・ロバートシュタインの手記より