"『ばれんたいん』とは[士×剣支援SS]" by アマガワ

「シロウ、一つ訊いてもよろしいですか？」
「ん？どしたセイバー？」

「『ばれんたいん』とは、どういう行事なのでしょうか？」

それはある朝の朝食後、あの戦いから丁度一年が過ぎた、天気のいい日だった。
　俺とセイバーだけという、珍しくとても貴重な日。

そんな日に、我らが騎士王様はとんでもない爆弾を落としてくれました。

「ど、どんな日って……し、知らないのか？」
「はい。大河に訊くとシロウに訊けば全部分かる、と」

カレンダーを見る。
　…あのばかとら、今日来なかったのはこの為か…！
　今日は2月14日。世の中があの黒くて甘い食べもので盛り上がる『あの日』だ。

「それでシロウ。『ばれんたいん』とはどういう行事なのですか」
「そ、それは」

そりゃあ、期待していなかったといえば嘘になる。
　セイバーから貰えるかもって…
　けど、まさか知らなかったとは…

「…シロウ？」
「えっ！あ、いや、だから……」
「シロウ、教えて欲しい。何でもこの国にとっては重大なイベントと聞いています。ならば私も参加すべきでしょう」

セイバーの気持ちは分かる。
　でも、今俺が教えてしまうと多分チョコはもらえない。
　というよりねだれない。

『ばれんたいんはこんな日ですよー、だから俺にもチョコちょーだい』
　…どこの間抜けだそれは。

くそ、どうして今日に限って遠坂も桜もいないんだよ…

今日は藤ねえはもちろん、何故か遠坂や桜（＋ライダー）にイリヤ、バゼットとカレンすらいなかった。
　うう、どうしよう親父。
　だが、そんな俺の心情は露知らずあくまで疑問解決のために攻勢を緩めない王様。

「で、どのような行事なのですか」
「だ、だから………」
「……もしや、私には教えられないいかがわしいものなのですか」
「……だから」
「シロウ教えて欲しい、いったい『ばれんたいん』とは」
「だからっ！女の子が好きな男の子にチョコレートを送る日だよ！」
「……」

…言っちまった。
　まさかこのあとに『欲しい』なんて言える筈がない。

「じゃ……」

内心は海より深く落ち込みつつ部屋を後にする。

「…シロウ！」

何故か呼び止められた。

「どうした？まだ何か判らないことあるか？」
「い、いえ。ばれんたいんのことは良く分かりました」
「じゃあ」
「だから呼び止めたのです」

「……私にはシロウに贈れるようなチョコレートは持っていない。
だから、今から作っても、とても食べ物と呼べるような物は出来ないかもしれない」
「え………？」
「ですが、本当に我侭だと分かっていますが……」
「ええ……？」
「作れたなら、よろしければ……貰ってもらえますか？」

あまりの急展開に、首を縦に振ることしか出来ない。

「……そうですか、良かった」

そんな本当に安心してほっとしたような、嬉しそうな顔で言われたらますます何も言えなくなる。

「あ、ああ！セイバーが作ったものなら、どんなのでも俺は構わない。全部食う」

自分でも舞い上がっていたのだが、
　思えばこの一言が、分かれ目だったんだなぁ…

～～～

「…シロウ、大丈夫ですか？」
「……うん」

俺とセイバーがいるのは寝室。

あのあと早速チョコ作りに取り掛かったセイバー。

もちろん、料理経験のないセイバーにぶっつけ本番でチョコレートが作れるはずもない。
　チョコレートの作り方の載った料理本を渡したのだが、
　出来たのは………地獄のように苦い、カレンですら敬遠しそうな暗黒物質、ダークマターだった。

とても食べれる代物じゃなかったのだが、
　全部食べると言ってしまった手前、根性で食べきった。

……その結果が今の状態なワケだけど。

「申し訳ない、シロウ……」

目に見えて落ち込むセイバー。

「で、でも！最初はみんなそうだって！」
「……それは分かっています。ですが問題は、
その最初をこのような重要な時まで持ち越してきた私自身の怠慢さです…」

またもシュンと落ち込むセイバー。
　でも……

「…でもさ。う、嬉しかったぞ？」
「え？」
「ほら、初めて作ったんだろ。なら、セイバーの料理を初めて食べたのって俺だろ？」
「え、は、はい……」
「だったら、少しくらい苦くても大丈夫だ」

実際は少しどころの騒ぎじゃなかったんだが。

「その…どれ位苦かったのでしょうか？」
「え、どれくらいって…味見しなかったのか？」
「はい…忘れていました」

まぁ、初めての人が陥りやすい失敗だよな。

「残ってないのか？」
「はい。……その、シロウが全部食べてくださったので」
「う、そうか。じゃあもう味見できないな」

なんかもう、いつものセイバーからは想像出来ないほど嬉しそうだ。
　なので、このくらいの相槌しか返せない。

「あ」

すると、何かを思いついたようにセイバーはこちらを向く。

「ありました」
「な、なにが？」
「味見です」
「え、だから全部―――っ！」

それは本当に一瞬。
　気付いたときには誰よりも綺麗な顔が目の前にあって…
　唇にぴったりと密着する感触があって…
　そのあと口のなかの、まだ苦さの残る舌にはっきりとした感触があって…

何か不思議な物語に陥った感覚。
　それからさめるには少し時間がかかった。
　でもその時間が例えようもなくいとおしく、
　脳みそが溶けてなくなってしまいそうだった。

接触が終わる。

「……本当に苦いですね」

自分の味覚に正直な感想を漏らす。
　羞恥に顔を赤く染めながら。
　その顔でもう、我慢できなかった。

「セイバーっ…………！」
「あ、シロウ…………！」

チョコは何より苦かったけど、
　何より甘い、別のものを口にできたんだから差し引きゼロじゃないだろうか？
　その後口直しにフルールにチョコレートケーキを食べに行ったから、
　むしろプラスかもしれない。

俺たちのバレンタインはそんな日だった。